オムロンヘルスケア×ロフトワーク「ねむりラボ」に学ぶ、顧客を愛し、顧客に愛されるコンテンツサイトの作り方
「ユーザー目線のコンテンツを」とはよく言われるものの、どうすればそのようなコンテンツを作れるのだろうか。今回、コンテンツマーケティングラボでは、オムロンがユーザーと“ねむりの秘密”をひもとくWebサイト「ねむりラボ」に注目した。
オムロンヘルスケア株式会社が運営する「ねむりラボ」は2011年11月に誕生した。その特長は独特の“ゆるさ”だ。企業Webによくありがちな「上から感」をまったく感じさせず、訪問者にとって居心地の良い“空間”を作り出すことに成功している。
この度、このサイトを運営するオムロンヘルスケア株式会社の富田陽一さん、コンテンツを企画・制作する株式会社ロフトワーク井上果林さん、高橋慶子さんにお話を伺う機会をいただいた。そのお話の中から浮かび上がったユニークな戦略とその効果について紹介したい。
プロモ臭のしない、人格を感じさせるサイト。そのコンセプトは「ユーザーと一緒に」
このサイトはそもそもオムロンヘルスケア社製の「ねむり時間計」や「睡眠計」を広めるために、製品発売の半年前に開設された。一般的な商品プロモーションの場合、商品カタログの制作を通じて商品における訴求すべき情報が整理されたタイミングで、ようやくWebプロモーションについての検討がスタートするケースが多い。そのためWeb開発に充てられる期間が短い企業も少なくないだろう。この点からみても、商品発売の半年も前に開設された「ねむりラボ」は非常にユニークな存在だ。
そもそも「ねむり時間計」とは枕元に置いておくだけで睡眠時間を測定し、起きやすいタイミングでアラームを鳴らしてくれるもの。また「睡眠計」はベッドサイドに置いておくだけで、睡眠の状態を測定してくれる機器だ。これら睡眠にフォーカスした製品は、比較的新しい商品カテゴリーに属するといえるだろう。
「何か新しいことに取り組まないと、睡眠関連商品は広まっていきません。その背景には、「睡眠を測定するコト」がまだ新しい領域のものなので、その価値がいまひとつわかりづらく関心を持たれにくいことがあります。プロモーション施策の一環として立ち上げたメディアですが、ユーザーと一緒にねむりについて考えるためのサイトとして運営しています」と話すのは富田さん。
“ユーザーと一緒に”がキーワード。井上さんは「企業対ユーザーという構図で、一方的にユーザーが教えられるという一般的なあり方ではなく、両者の対等な関係性を意識しています」と話す。単に製品について紹介するのでは、ユーザーは興味を持ってくれないし、自らが参加している感もない。まだ世の中で一般的に浸透していない機器だからこそ、ユニークな見せ方をしたり、ユーザー自身に製品を体験してもらい、彼らの意見を反映させたコンテンツ作りを心がける。さらにユーザーの反応を見ることで、販売スタイルを探ることもできる。このときに意識しているのはメディアに人格を持たせ、ユーザーに「どうですか?」と問いかけるようなフラットな姿勢だ。
だから、眠りに関するイベントをレポート記事にする際も、「●●のイベントがあると聞いたので、ねむりラボが行ってきました」という導入から入る。ねむりのことを一緒に学んで、詳しくなっていきましょうといった見せ方を貫く。ユーザーに対して「こんなものがありますよ」と気さくに話しかけ、知らせる役目を果たしている。
学術的に正しい情報だけを提供するといった堅苦しさがないことも、親しみやすさとリンクしている。「図鑑を作るわけではないので、医療に基づいた情報だけを出そうとは思っていません。それよりも人々の生活に寄り添った情報を提供したい。睡眠は誰もが関心のある分野ですが、個別の状況によっても異なっていて、結論が出にくいものでもあるのです」と高橋さん。
想定外の実験結果も包み隠さずありのままを書いて、ユーザーに委ねる
ねむりラボでは、実験の結果がコンテンツとなることが多い。たとえ一般人を被験者とした実験を行い、イレギュラーな結果が出たとしても、ありのままを書くようにしている。たとえば、一般的に「お酒はねむりを損なうもの」と言われるが、数人の被験者をもとに行った実験の「お酒とねむりの相性を探る!!~40代会社経営・関さんの場合~」の回では、禁酒していた時期の方がねむりの質が悪かった。そのことも包み隠さず書いている。
しかし、これは間違った情報ではなく、あくまでもひとつの実験結果だ。加えて別の推測や新たなトピックを生み出すことにもなるだろう。そこで文末はこう締められている。「飲酒の頻度や時間、酒量、夕食の有無、日中の過ごし方など、さまざまな要因によって、ねむりのデータは変わってきそうだ、という予測が立ちました。この点については、今後もさまざまな条件・タイプの方に計測いただいて、検証していきたいと思います!!」(原文ママ)。
一般論や専門家の意見なども併せて明記することで、眠りとお酒に関する大事なポイントはしっかり押さえている。その上で「人によって睡眠の質には差がある」こと、そして「今後も実験を継続する」ことを明記しておくことで、ただ「あるべき姿」を提示する場合と比べてユーザーにも受け入れられやすい。また、これほど個人差があるなら、自分も睡眠計を使って測ってみようかな、と思うきっかけにもなるだろう。
「わかっちゃいるけどやめられない」行動を受け入れることからコンテンツは出発する
ねむりラボでは、睡眠に関する学術的な知識を紹介するからといって、それを強制しようとはしない。記事では「たとえその行動が良くないとしてもついやってしまうこと」を受け入れたうえでの提案を心がけている。このことが企業サイトらしからぬ「緩さ」を醸成しているといえるかもしれない。
たとえば、一般的に「週末に寝すぎるのは翌日の眠りに悪影響を与える」と言われているが、まずは「週末はつい夜更かししてしまうものですよね」「つい寝坊してしまうものですよね」と一度、ダメな行動を共感して受け止める。
そのうえで「夜更かししても寝坊しても良いですが、せめて普段の起床時間+2時間程度の睡眠時間にしましょう。ただし、午後早めの時間にすこし昼寝をしましょう」と、よりよい方法を提案する。つまり「これなら取り組めそうだ」とユーザーに感じてもらえるような方法を示すのだ。
もちろん専門家の意見を仰ぎ、情報の裏付けをとることには余念がない。ユーザーに信頼感を与えるためには、正しく質の高い情報を提供することは必要十分条件となるからだ。
コンテンツのネタ出しから公開まではFacebookグループで、スピード感重視。
ねむりラボではコンテンツ制作において、スピード感を強く意識している。通常は数百人単位で行う実験であっても、まずは2〜3人で実践して、ある程度の確からしさを見つけたタイミングで、記事として公開する。根底にあるのは「まずはやってみよう」といったスタンスだ。たとえば「体内時計×美肌のカンケイは?」というコンテンツの中でも、体内時計を整える前後での肌の変化を、3名の女性が実践したレポート記事として紹介している。
このスピード感は、コンテンツのネタ出しの場でも同様に発揮される。よくあるケースとして、たとえば週1回あるいは隔週くらいのペースでクライアント企業の会議室などに集まり、ここでクライアントと制作サイドが対面しての「会議」が行われることがある。しかし「ねむりラボ」ではこの「会議」にこだわらない。オムロンとロフトワーク間で立ち上げた「Facebookグループ」を活用し、会議を待たずにさまざまなアイデアがやりとりがなされるのだ。
そしてこのFacebookグループ活用によるもうひとつの重要な利点は「メンバーが気軽にアイデアを投稿しやすくなる」点にあるという。徹底した読者目線のコンテンツを生み出すのに、議論を行う「場」にまで配慮しているのだ。
アイデアだけに限らず、ネタのもとになることであれば、どんなことを投稿してもいい。「最近起きられないんです」というひとつの投稿から「いったいどんな人が良質な睡眠をとれているのだろう」と盛り上がり、生まれたコンテンツもある。そのひとつが2012年3月にライフハッカーとコラボして、僧侶を迎えたリアルイベントだ。その模様は「【レポート】“究極の眠り”を体現する住職から学ぶ『禅式ねむり道場』」の記事として公開され、いまだに人気を集めている。
コンテンツ作成前にFacebookページでファンにネタ振り、ニーズを検証する。
「ねむりラボ」ではソーシャルメディアも積極的に活用している。Facebookページでは親しみやすい口調で、記事リンクとそのテーマに合った写真を投稿する。たとえば「夜中にラーメンを食べたいですよね。でも食べてすぐ眠ると消化器官に負担がかかってよくないので、写真だけにしておきましょう」と、サイトと同じように“ゆるさ”を感じさせる。ユーザーは共感して親近感をおぼえ、自然といいね!が集まっていく。
記事の告知だけではなく、Facebookページは実験的な投稿をする場としても活用されている。Facebookページを立ち上げた初期の段階で広告を実施し、一定数のファンを獲得。その後、投稿に対する「いいね!」「コメント」「シェア」をリーチ数で割って算出される、Facebookインサイトで確認できる「クチコミ度」をもとに、ユーザーからの反応がいい投稿を厳選して、コンテンツへと落としこむ手法をとっている。コンテンツがウケるか、需要があるかを作成前に検証する有効なプロセスだ。
ソーシャルメディアを通じた、ユーザーとのコミュニケーションも積極的だ。以前、製品の記者発表に関する投稿をしたところ、コメント欄へ「この製品の使い方をもっと知りたいです」と書かれていた。その要望を踏まえ、製品の使用法に関するコンテンツを作り、素早く公開したこともある。どんなときでもスピード感は欠かせない。
売り場拡大、ギフト需要……目に見える効果が出てきた
開設しておよそ1年半になる「ねむりラボ」。メーカーからコラボの話もたくさん来るようになった。そのうちのひとつ「無印良品 くらしの良品研究所」と共同で行っている睡眠に関するアンケートも人気のコンテンツだ。「双方のリソースを活用することで、より質の高いコンテンツを作ることができます」とは富田さん。
睡眠計はあくまでも、ねむりの質を測るためのツールのひとつ。このように他企業とパートナーを組み、睡眠計単体ではなく、ほかのものと組み合わせて見せることで、より睡眠計の魅力が際立つ。プロモーション力を強化できるようになるのだ。
従来からオムロンは量販店にとって医療機器メーカーというイメージが強い。今回、このサイトで創り出した知見やファクトにより、理美容や時計売場に展開を拡大できた。これにより、女性向けに訴求をしてきた商品にも関わらず男性も買い求めるようになり、さらにギフト需要も出てきたりと、大きな変化はいくつも起こっている。
「ねむりラボが、オムロンが睡眠計を紹介するだけの、一般的な企業サイトだったら、パートナーと一緒に展開していくこともなかったでしょうし、大きな変化もなかったでしょう」とは富田さん。上から目線で一方的に製品を紹介するのではなく、異なる方法でアプローチし、ユーザーとの距離を縮めたことで、ねむりラボは高い価値を持つようになった。
それ以外にも、店頭に置かれる販促ツールにも「ねむりラボ」のコンテンツが再編集され展開されるケースも出てきているという。確かにより多く読まれ、共有されたことがわかっているコンテンツをベースに展開することで、販促ツール自体の精度は上がるといえる。
「ねむりラボ」を見れば、睡眠とは非常に奥深いものだと気づきが得られる。そしてしぜんと製品認知とつながっていく。そんな基本的なサイトのサイクルに加え、同じくこのサイトを見てコラボレーションしたいと立候補するメーカーは後を絶たず、その結果生まれた新しいコンテンツによってまた惹きつけられるユーザーが増える。この認知拡大のサイクルは量販店にも影響を与え、売り場拡大にまで貢献。さらにはこうして注目を集めたコンテンツをベースにして販促ツールへ展開、と理想的な好循環が生まれてきている。そして忘れてはいけないのは、この好循環の中心にはいつも「ユーザー目線のコンテンツ」があることである。
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