オウンドメディアは試行錯誤の連続、海外の注目事例にみる注意点
オウンドメディアの運営は試行錯誤の連続だ。実際にやってみると当初の想定とは異なる事態が多々発生する。今回は海外の注目事例にみる注意点を紹介する。
スイスの銀行大手UBSによるオウンドメディア「Unlimited」が注目されている。
理由はいくつかあるようだ。
商品情報(富裕層向けの金融商品など)をのせないオウンドメディアを作るという試みが、伝統的な大手銀行としては非常に挑戦的だとみられている点が一つ。
さらにVICEやVanity Fair、Monocleといった一線級の大手メディアからスタッフを集めて編集部を作るという、ユニークな制作体制も話題になった。
しかし単純に成功事例としてみられているわけではない。
優れたスタッフをそろえて鳴り物入りで始めたにもかかわらず思ったほど集客できない、最終的なゴールを決め切れていないなど、試行錯誤が続いている点も含めて、その動向が注目されているようだ。
彼らの取り組みや課題に目を通してみると、コンテンツマーケティングに取り組む日本企業にも当てはまる点が多いように思える。
そこで今回は注意点も含めて、彼らの取り組みを紹介していこう。
これまでリーチできなかった潜在層へ訴求
Unlimitedは、富裕層の中でも特に女性やミレニアル世代の見込客獲得を目的として、同行のウェルス・マネジメント部門が約1年前に立ち上げたメディアだ。
記事に目を通すと、「富は人生を豊かにするのか?」という観点で、物理学者のスティーヴン・ホーキング博士に実施したインタビュー記事や、女性起業家に聞いた「成功」の定義など、一見して金融商品とは関連性のないコンテンツが並ぶ。
これは、従来の金融関連コンテンツだけではリーチできない潜在層が多く存在すると考えているためだという。
最近の富裕層の傾向について、UBSウェルス・マネジメントのニコラス・ライトCMOはこう語る。
「顧客と話していく中で、彼らが単に資産を増やすことには大きな魅力を感じていないことが分かってきた(中略)。スタートアップへの投資や慈善事業などをはじめ、何らかの形で社会へ還元することがモチベーションになっているようだ」。
そのため「富は人生を豊かにするのか?」といった視点の価値観訴求コンテンツによって、潜在層と接触する狙いだという。
大手メディアの制作者による取材がベースとなっているため、雑誌並に読み応えがあるコンテンツが揃っている点が特長だ。
思いのほか伸び悩んだ集客数
編集部に大手メディアからの人材をそろえ、鳴り物入りで立ち上げられたUnlimited。
しかし立ち上げから約2年後の2017年7月、こんなニュースが挙がってきた。
コンテンツの制作費を10%削減する代わりに、SNS広告の配信を強化するというのだ。コンテンツのアクセス数が、思ったより伸び悩んだためだという。
同行でマーケティングコミュニケーション担当グローバルヘッドを務めるティエリー・キャンペット氏は、次のように話している。
「良いコンテンツさえ作れば、多くの人の目に触れるものだと考えていた。しかし実際はそうではなかった」。
実際に彼らのアクセス規模はどれくらいなのか?Unlimitedの主要な集客チャネルであるFacebookでのシェア数をBuzzsumoで調べてみた。
これをみると、過去1年間に発信された約50本あまりの記事のうち、Facebookでのシェア数が1000を超えた記事は8本にとどまっている。数百シェアレベルの記事を含めても29本だ。
制作陣やインタビュー対象者の豪華さや、読者数が多い英語圏のコンテンツであることなどを考慮すると、物足りない数字といえるだろう。確かに多くのアクセスが集まっている状態ではないようだ。
そもそもUnlimitedが狙うような潜在層は、検索ユーザーなどと違って自ら情報収集に動いたりはしない。そのため彼らといつでも接触できる環境を作ることは必須だ。その手段の一つとして、SNS広告というのは確かに必要だろう。
このニュースを紹介した各記事では、SNS広告(おそらくFacebook)の具体的な出稿方法には触れられていなかった。得策としては単体の記事へ直接広告を打つよりは、Facebookページ自体のファン数を増やすほうに重点を置くべきだろう。
記事単体への流入を増やしても打ち上げ花火で終わりがちだが、ファン数自体を増やせば資産になるからだ。
ファン数を増やして記事が露出しやすい状態を作った上で、まだシェア数やアクセス数が伸び悩むのであれば、コンテンツの魅力に問題があるか、もしくはコンテンツと集めたファンがミスマッチしているかのどちらかだろう。
定まりきらないゴール設定
彼らの課題は集客だけではない。Unlimitedで達成すべきゴールをまだ決めきれていないというのだ。
「当初はコンテンツによって見込客獲得までいけると考えていた」とキャンペット氏は話すが、現状では達成できていないという。やはり潜在層に金融商品の検討を始めてもらい、UBS商品を選んでもらうまでいくためには、現状の読み物コンテンツだけでは足りないのだろう。
そもそもUnlimitedに限らず、ニーズ潜在層を対象にしたオウンドメディアによって、具体的な売上などにつなげることは中々難しい。将来顧客になり得る潜在層の特徴を見極めること自体簡単でない上に、顧客化までの検討ステップが比較的長くなるため、思うようなコントロールが難しいからだ。
それではUnlimitedの場合、どのようなゴール設定が適切なのだろうか?
一つはブランド認知の拡大だろう。コンテンツへのアクセス数や、商品情報ページへの遷移数の増加などを狙う。アクセス数やシェア数の増加によって、ブランド認知が拡大したとみなすのだ。
計測が比較的簡単なため、実際にこのKPIを採用している潜在層向けオウンドメディアは多い。しかし本当に適切な層に露出されているのかといった検証は、随時必要になるだろう。
またメルマガ会員の数をKPIとするのも良さそうだ。メルマガの登録くらいであれば、潜在層でも大きな負担には感じないだろう。またUBSにとっても、このような形で接点を持っておけばビジネスにつなげるチャンスが出てくるからだ。
Unlimitedでは週に1、2回のペースでメルマガを発信している。現状は純粋なコンテンツしかメルマガにのせていないようだが、それだけで潜在層のニーズが顕在化することはない。
もう少しUBSの商品に近い情報も発信して、顕在層に近い人たちをあぶり出す必要があるだろう。いきなり商品情報を送りつけることは唐突すぎるかもしれないが、彼らが興味を持ちうるテーマのイベントやセミナーの案内であれば、反応してくれる可能性は十分にある。
このようにうまくニーズ顕在者に近い人をあぶり出すことができれば、商品を訴求するチャンスも出てくるだろう。ここまで出来れば、メルマガ会員数は増やす価値のあるKPIとみなすことができる。
逆に反応が全くないようであれば、そもそも集まっている人たちが適切な潜在層ではない可能性もある。コンテンツの内容やターゲットの見直しを検討すべきだ。
オウンドメディアで適切なターゲットを設定することは難しい。
ニーズが顕在化した層の数には限りがあるが、あまり潜在層すぎるとコンバージョンまでに時間がかかる。
これを解決するための一つの方法はSNS公告。検索誘導が期待できないのであれば、自らターゲットがいる場所に出向くという戦略だ。
もう一つは、ブランディングと割り切ること。長くつながることでターゲットが自社サービスを必要とするタイミングでの想起を気長に待つ戦略だ。
しかし、潜在層すぎるとライバルは少なくなるが全体的にお金がかかるので、実は顕在層になるべく近い潜在層を狙うほうが確率は高まる。ここなら検索誘導も期待できコンテンツの質で勝負できる。小さく始めるならまずここからであろう。
もう一つの注意点として、オウンドメディアのターゲット設定は運営しながら確認するという姿勢も必要だ。
ある企業が中古車購入者の潜在層として適切な層を調べたところ、転職検討者である可能性が高いことが分かったという。
転職するとローンが組みにくくなることがあるため、ローンが必要な自動車購入を転職前に済ませる人が多いという理屈のようだ。
中古車購入者の潜在層と転職検討者が重なるという発想は、頭で考えただけでは中々出てこない。
つまり潜在層はそれくらい意外な所に潜んでいる可能性があり、探し当てることが難しい場合もあるということだ。
そのためUnlimitedのケースも含め、当初のターゲットが実は潜在層として筋が良くなかったことが、後々になって分かるということも十分にあり得る。
この手のオウンドメディアを立ち上げるのであれば、当初考えた潜在ユーザー像を検証・精緻化していくためのPDCA施策を、あらかじめ戦略に組み込んでおくことが必須だろう。
執筆:三友直樹(コンテンツマーケティングラボ編集長)
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