世の中からオウンドメディアを減らしたい
集客施策を打つ前に、まずは顧客理解から。そのフレームワークを紹介。
「コンテンツマーケティングラボ」という名前のメディアを運営しておきながら、こんなタイトルの記事を書くと、矛盾していると思われるかもしれない。
けれどもマーケティング施策としてのオウンドメディアが、ハマりやすい場合とそうでない場合を整理したほうが良いと感じることが増えてきた。
必ずしもオウンドメディアが適さないと思われる状況で実施してしまい、行き詰まるケースが見られるからだ。
たとえば商材やマーケティング目標などによっては、メディアを立ち上げて継続的にコンテンツ発信するよりも、商品のサンプリングを配って実際に使ってもらったほうが、はるかに効果的というような場合も、当然ながらあり得る。
苦労してたくさんコンテンツを発信した後で、「実は必要なかったかもしれない」となってしまうのはツライだろう。
そういったケースを減らせるように、ある程度の汎用性があるフレームワークを考えてみたい。
オウンドメディアを実施する余地がありそうかどうかを事前に判断するためのフレームワークだ。
残念ながら「大成功するオウンドメディア」を作る方法、とまではいかない。、アートの要素や個々の企業の文脈による部分も大きいため、一概に「こうすれば良い」とは言えないからだ。
言えたとしても再現性がある形では難しいだろう。
ただ「失敗しないオウンドメディア」であれば、今回のフレームワークである程度カバーできそうだと考えている。
「失敗しないオウンドメディア」の条件とは、次の2つの達成が見込めるケースだと思う。
ステップ1:見込客・顧客と常につながっている状態をつくる(サイトやSNS、メルマガなどで)
ステップ2:それによって最終的に何らかの企業利益につなげる
当たり前に見える基準だが、オウンドメディアでつまずくケースをみると、いずれかが原因の場合がとても多い。
まずはその成功例と失敗例に触れた上で、最終的には「そのオウンドメディアは必要か?」という見極めに役立つ汎用的なノウハウを引き出してみたい。
保険系オウンドメディア事例にみる成功と失敗
まずは保険会社によるオウンドメディアを例に、ステップ1と2の取り組みを具体的にみていきたい。
保険系のオウンドメディアは、取り組みのバリエーションが比較的多いため、同一商材による様々なパターンをみることができるからだ。
保険商品のオウンドメディアというのは、少し難易度が高いケースだと思う。
そもそも嬉々として自ら積極的に保険情報を収集する人は多くはない。
そんな中でまだ保険に関心がない潜在ニーズ層がフォローしたくなる、つまり「ステップ1」を達成できるコンテンツを作ろうとすると、どうしても保険そのものから少し離れた内容になりがちだ。
その一方で最終的には保険を検討したい気持ちになってもらい契約につなげる(=必要な態度変容が多い)、という難しいバランスを求められることになる。
ステップ1(ファン獲得)でつまずいた例
スイスの銀行大手UBSの例をみてみよう。
同社はオウンドメディアによって、富裕層向け保険商品において手薄だった女性やミレニアム層とつながろうとした。
元々保険などの金融商品に関心が高い層ではないので、保険そのものに関するコンテンツでは「ステップ1」の達成が難しいとみたのだろう。
そこで「富は人生を豊かにするのか?」という抽象的なテーマ設定で「Unlimited」というオウンドメディアを立ち上げた。
女性起業家や世界的スーパーモデルなどの著名人に対して、「成功」や「お金」への考え方を語ってもらう、といった形のコンテンツだ。
VICEやMonocleといった一線級の大手メディアからスタッフを集めて編集部を作るという、力の入れようだったが、結局コンテンツへのファンを獲得する段階でつまずき、数年で取りやめとなってしまった。
まだ保険に関心がない人々向けのメディアとして成立させるために、保険からワンステップ抽象化したテーマ設定(富は人生を豊かにするのか?)にしたものの、富裕層の心をとらえるには至らなかったようだ。
ステップ2(コンバージョン誘導)で試行錯誤している例
一方でコンテンツへのファンは獲得できたが、契約促進において試行錯誤が続いていると思われるケースもある。
オーストラリアの保険会社HBFによるオウンドメディア「Direct Advice for Dads」(DAD)だ。
年配の顧客が中心だった同社は、新たな顧客層である30代にリーチする手段として同メディアを立ち上げたという。
保険を契約する可能性が高い30代ということで、子持ち層を対象とした育児メディアにしたわけだが、ある程度ニッチなジャンルに絞るためにパパ向けのコンテンツに特化した点が特徴だ。
男性による育児参加がますます求められつつも、まだ情報も少なく孤立しがちなパパたちの心をとらえたようで、Facebookページのファン数は約7.5万人におよぶ(19年2月時点)。
Facebookとメルマガを主要チャネルとして、常にファンとつながっている状態を作れた同メディア。ただコンテンツ施策をつぶさに見ていくと、そこから保険の契約につなげるまでには苦戦しているようにみえる。
確かに子どもが生まれたばかりの人たちは、保険を検討し始める属性としては最適かもしれない。
ただ育児コンテンツを期待して訪問したタイミングのパパたちからすると、保険の勧誘をされても唐突に感じられてしまうのだろう。
つまり彼らに、堂々と自社の保険を訴求できる空気感が出来ていないのだ。
保険契約に向けた態度変容がまだ足りない、という言い方もできる(この育児メディアでは保険についてほんの少ししか触れていない)。
仮にコンバージョンが、パパ向け育児商品のオンライン販売だとしたら十分だったかもしれないが、保険契約にまで落とすのであれば、さらなる態度変容に向けた工夫がいりそうだ。
集客とコンバージョンを両立した例
集客とコンバージョン(保険契約)をある程度両立した保険会社の事例が、米大手Liberty Mutualによるオウンドメディア「MasterThis」だ。
同社は自動車や賃貸住宅オーナー向けの保険商品などを販売している。
彼らのオウンドメディア施策は比較的シンプルだ。
- ターゲット層(賃貸住宅オーナーなど)の課題を解決するお役立ちコンテンツで検索流入を獲得
- 検索流入者を保険の契約に誘導(実際には契約誘導に向けてひと手間かけているが、ここでは省略)。
すでにニーズが顕在化している検索者を丁寧に刈り取るやり方のため、手堅く成果につなげている事例だ。
「Content Marketing Awards 2018」のROI部門で大賞を取った施策なので、売上にも貢献できているのだろう。
オウンドメディアがハマりやすい条件
この記事のテーマである、「オウンドメディアがハマりやすい場合と、そうでない場合を見極める」にあたって、3事例のエッセンスを整理していきたい。
それぞれのオウンドメディアによるコンテンツを次の4象限にプロットしてみた。
- 縦軸(↑):ユーザーによるコンテンツ閲覧の頻度
- 横軸(→):商品情報との関連性の強弱
上にいくほどユーザーによるコンテンツ閲覧の頻度が高いジャンルとなるので、メディアによる継続発信がやりやすい分野になる。
また右にいくほど商品との関連性が強いジャンルとなるので、集客からコンバージョンまでの距離も近くなる。
つまり右上になるほど、オウンドメディアとしてはやりやすいということになる。
そういう意味では、仮に保険情報そのもの関するコンテンツをプロットすると、右下の象限になりがちだろう。
つまり商品との関連性は当然強いが、潜在ニーズ層が保険情報を嬉々として収集することは考えにくいので、コンテンツ閲覧の頻度は限りなく低い。
そこでUnlimitedとDADは、潜在ニーズ層にリーチするために、左上の象限でのコンテンツ発信を選んだ。
商品情報との関連性を犠牲にする代わりに、コンテンツ閲覧の頻度が高そうなキャッチーなジャンル(富裕層向け成功&育児)にしたのだ。
しかしUnlimitedはテーマ設定がターゲットに刺さらず集客に失敗。集客に成功したDADは、育児コンテンツ閲覧から保険の契約につなげるという、距離の長い態度変容をまだ達成できていない状況と思われる。
一方でMasterThisは、自社の保険に近いジャンルのお役立ちコンテンツによって、すでにニーズが顕在化している検索者を堅実に刈り取るやり方を取った。
困った時に閲覧するお役立ちコンテンツなので、コンテンツ閲覧の頻度は下がる(縦軸)し、潜在ニーズ層にまではリーチできていない。しかし商品情報との距離が近いコンテンツのため(横軸)、手堅くコンバージョンへと誘導しやすいわけだ。
とはいえUnlimitedやDADのように、潜在ニーズ層にリーチするために、左上の象限を狙うこと自体は、必ずしも間違いとまではいえないと思う。
たとえばDADの場合、イベント開催など、別のチャネルで関係性を深めれば、商品訴求につなげられる可能性もあるし、子育てに熱心なパパが保険を契約したくなる強力なインセンティブを用意する手もあり得るからだ。
つまりメディアコンテンツ(育児)から保険訴求につなげるための、置き石施策が必要なのだ。
(集客からコンバージョンにつなげる置き石施策については、先日紹介したユアマイスターの事例が分かりやすい)。
また最終目標を契約ではなく、その手前のより浅い目標(見込客としての子育てパパに関する情報収集など)に修正する、という道筋もあるし、もはやブランディングとして割り切れる場合もあるかもしれない。
いずれにしても、左上の象限でオウンドメディアを運営する場合、商品訴求までの遠さを認識した上で、
- 必要な態度変容を実現する道筋
- 現実的に狙えるコンバージョン
を検討することが重要だ。
こうしてみると、オウンドメディア運営に最もハマりやすい(ファン獲得&最終的な商品訴求)フィールドは、やはり右上の象限といえるだろう。
つまり商品そのもの、もしくはそれに近しい内容のコンテンツ発信が、そのままファン獲得にもつながるというケースだ。
たとえば北欧雑貨を扱うクラシコムによるオウンドメディア「北欧、暮らしの道具店」は、右上に当てはまる一例といえそうだ。
北欧雑貨や暮らし方に関するコラムは、それが好きな人であれば常にタイムラインに流れてくるようにしておきたいコンテンツだろう。
しかも記事で紹介された商品をそのままオンラインで購入する流れも自然だ。
つまり先ほどの保険会社と違い、わざわざ商品情報から離れたコンテンツを発信したり、購買までに数多くの態度変容を終わらせる必要がない。
(ただ念のため追記しておくと、北欧雑貨という商材ジャンルが今回の基準でみるとハマりやすいというだけで、彼らほどのコンテンツを作ることは当然簡単ではない。またすでにコンテンツ発信者が多いジャンルのため、今から参入して成功するにはそれなりの工夫が必要だ)。
またBtoB全般も右上の象限に当てはまりやすいだろう。
たとえば自社の業界に関するニュースやノウハウを発信するオウンドメディアであれば、見込客による継続的な閲覧を期待できる。
またそういったコンテンツ発信であれば、自社商品を訴求できるまでの距離もそれほど遠くはないだろう。
一方で右下の象限は、どんなコンテンツになるだろうか?
たとえばシャープペンに関するコンテンツは、ここに当てはまるのではないだろうか。
シャープペンに特化したコンテンツを複数作ることは可能かもしれないが、メディアとして継続的に発信できるほどネタがあるかというと、難しいかもしれない。
ネタを文房具全般に広げるというやり方もあり得るが、シャープペンの販売に落とし込むことは簡単ではない。
そもそもシャープペンを買う場合は、店頭に行ってパっと買うケースが大半だろう。購買検討にメディアが関与しづらいのだ。
そのため右下の象限においては、広告などを使っていかに単発コンテンツで強みを訴求しきるかがポイントになる。
たとえばゼブラの「デルガード」というシャープペンのコンテンツは、右下の象限として秀逸だと思う。
デルガードの特長は、「芯の折れないシャープペンシル」だという点。「あらゆる角度のどんなに強い筆圧からも折れない」のだという。
この特長をユーチューバーのヒカキンが動画で訴求したのだ。
芯が折れないというデルガードの特長を検証するために、束にしたデルガードの上にヒカキンが乗ってみる、という内容だ。
「バキッ」と音が鳴りつつも、デルガードの芯は折れていなかった、というオチになっている。
コンテンツとしての惹きの強さもある上に、商品の強みも分かりやすく訴求できているのではないか。
オウンドメディアがハマりやすい条件の見分け方
それでは特定の商品ジャンルが当てはまりやすい象限を見極めるにはどうすれば良いのか?
それは見込客の購買行動に大きく左右されると思う。
たとえば商品情報に近いコンテンツでも、見込客が積極的に接してくれるジャンル(雑貨や飲食、旅行など)であれば、オウンドメディアから商品訴求に落とし込みやすい。
また上記ほど嬉々として接してはくれないが、「失敗したら大変だから、念入りに情報収集しよう」(住宅の購入方法や投資、BtoBなど)というマインドになる商材も、メディアとしてカバーし得る。
一方で「面倒だから早く済ませたい」「先延ばしにしてきたがいよいよやらないと」となりやすい商材の場合は、オウンドメディアによる継続発信でファンを作ることのハードルは上がるだろう。
保険や携帯電話の契約、自動車のタイヤ、エアコンなどがその一例だ。
つまりメディアによる継続発信のハマりやすさは、見込客が商品情報まわりに費やしてくれる時間の長さによって変わってくる。
(ただ仮にコモディティ化された商品ジャンルでも、優れた商品力と確固たる価値観、周囲をも巻き込む圧倒的な熱量がある、かつ細かいKPIは問わないという姿勢があるのであれば、この限りではない気がする。たとえばこのメディアのように)。
この購買行動の分け方は、「購買意向はこうして測れ ストップウォッチ・マーケティング4つの原則」という本にのっとっている。
オウンドメディアが話題になる前に発売された書籍だが、コンテンツ施策の方向性を決めるにあたって、非常に参考になりそうだ。
それぞれのタイプのユーザーを、先ほどの4象限に当てはまると次のようになるだろう。一般的にオウンドメディアがハマりやすい分野は、ここでいう「うきうきユーザー」と「念入りユーザー」が対象になる時だ。
オウンドメディア含め、いきなり集客に飛びつくのは良くないという話は度々言われることだが、それは顧客を理解するフェーズが抜けているからだ。
顧客の購買行動によって、適切なコンテンツ施策はまるで変ってくる。
セス・ゴーディンの最新作「This Is Marketing」の副題が、まさにこの問題を一言で言い表している。
「You Can’t Be Seen Until You Learn to See」(集客はできません。顧客を理解するまでは)。
オウンドメディアのように、息の長い施策であればあるほど、この姿勢が重要になってくると思う。
執筆:三友直樹(コンテンツマーケティングラボ編集長)
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