INBOUND 2016特集 HubSpot社 創業者からのメッセージ 1/2
インバウンド(コンテンツ)マーケティングを発展させることを目的とした年次イベント「INBOUND」。今年で5回目となる「INBOUND 2016」には、過去最多の約19000人が参加した。HubSpot社の共同創業者 Halligan氏が登壇した初日のキーノートの内容を紹介する。
HubSpot社の共同創業者のひとり、Brian Halligan氏は2006年にHubSpot社を創業して以来、「インバウンド・マーケティング」を提唱し、その普及に努めてきた人物である。「インバウンド・マーケティング」とは、有益なコンテンツを通して、商品・サービスの購入につなげるユーザ主導のマーケティングコンセプトで、「コンテンツ・マーケティング」と似通った考え方である(※1)。同社は、社名と同名のクラウド型マーケティング統合プラットフォーム「HubSpot」を開発し、SaaSビジネスを世界中で展開している。HubSpotは、2016年現在で95か国以上21000社以上の企業で採用されており、世界で最も人気のあるマーケティング統合プラットフォームとなっている。HubSpotのローンチから節目の10周年を迎える今年のINBOUNDで、Halligan氏は、顧客を取り巻く環境がこの10年間でいかにダイナミックに変わったかを説明した。また、その変化のなかを生き抜き、逆にチャンスとするために、いま、われわれ企業側が『コンテンツ』とどのように向き合うべきなのか?マーケティング担当者、営業担当者、経営者のそれぞれに、熱いメッセージを送った。
マーケティング担当者へのアドバイス
Halligan氏のアドバイスは、まずはマーケティング担当者向けから始まった。いま、マーケティングで成果を上げるためには、ユーザ(顧客)(※2)や、それを取り巻く環境がこの10年で大きく変わったことを理解する必要があるという。Halligan氏は特に重要な視点として、以下の4つを挙げた。
- ユーザは、どのようにコンテンツと接触するようになったか?
- ユーザは、どのようにコンテンツを利用するようになったか?
- ユーザは、どのように解決策(企業)を見つけるようになったか?
- ユーザは、どのように解決策(企業)を調べるようになったか?
氏は、上記4つの状況が2006年と2016年でどのように変化したかを説明した。
まず第1に、「どのようにコンテンツと接触するようになったか?」という視点。(プレゼンスライド上では、”How do they learn?”と表現されていたが、文脈上、少し意訳している。)
2006年、ほとんどのコンテンツはブログに代表される「テキスト」というかたちで提供され、ユーザはGoogleなどの検索エンジンを使って見つけていた。つまりテキストコンテンツと検索エンジンという組み合わせが力を発揮した時代といえる。翻って、10年後の2016年は、「動画」が重要度を増している。インターネット上の約85%の動画が音声無しで視聴されるという点、短尺、ライブ動画という変化も重要だ。また、動画はソーシャルメディアとの相性がよく、ソーシャルへの対応は、テキストコンテンツ時代の検索エンジン対策以上に重要だという。
次に「どのようにコンテンツを利用するようになったか?」という視点の説明を続けた。(スライド上では、”How do they collaborate?”とあり、直訳は「どのように共同利用するか」。)もちろん2006年時点でも、多くのユーザがFacebookをはじめとするソーシャルメディアを利用していた。だが当時のユーザは、ソーシャルメディアに入ったり出たりして断続的に利用していたという状況であった。それに対して現在のユーザは、ソーシャルメディアの内部で生活しているとさえ言えるほど、利用時間が飛躍的に長くなり、依存度を高めるようになった。この違いをHalligan氏は、ドライブスルーでコーヒーを注文してピックアップする短時間の行動と、お気に入りのコーヒーショップでくつろいで長く過ごす行動の違いに例えた。
3つ目は、「どのように解決策(企業)を見つけるようになったか?」という視点だ。(スライド上では”How do they find you?”)ユーザが検索エンジン(Google)で検索する際、検索エンジン側がユーザの情報ニーズを読み解く精度を飛躍的に向上させていることを取り上げた。
2006年時点ではその精度はまだ低く、検索エンジンはユーザが解答を出す手助けをしていたに過ぎなかった。2016年のいまは、検索エンジンが解答を出してくれるようになりつつある。今後もこのアルゴリズムへの変化に対する対応が必要になる。
Halligan氏は、インターネット広告の課金体系の変化についても言及した。1994年時点ではインプレッション(閲覧)単位での課金であったが、2002年にはクリック単位が主流になり、2016年のいまは見込み客あたりの課金も可能となった。また、従来は、検索結果画面でのリスティング広告領域が約15%であったのに対して、特にモバイル上ではリスティング広告領域が視認領域としては実質100%となっている。以上の変化に対応するために、コンテンツ・マーケティングにおいてもペイド・マーケティングを活用する時代が来ているのではないかとHalligan氏は主張した。
最後に、「どのように解決策(企業)を調べるようになったか?」という視点。(スライド上では”How do they research you?”)2006年頃は、ユーザとコミュニケーションをする主体は営業担当者であり、ウェブサイトは補完的な位置づけにあった。2016年のいまは、この関係が逆転しつつある。すなわち、マーケティングオートメーションやチャットサービスなどテクノロジーの進化により、ユーザとのコミュニケーションの主体がウェブサイトになりつつあるのだ。ユーザはATMで現金を引き出すような、セルフサービスかつオートメーション化された便利なやり取りを、マーケティングにも求める時代になったのだ。
Halligan氏は、以上のまとめとして以下の4つのポイントを挙げた。
- コミュニケーションの手段をテキストから動画に移行する
- ユーザと同様にソーシャルメディアのなかに生きる
- ソーシャルメディア、あるいは広告を活用しコンテンツの力を加速させる
- テクノロジーを活用し、購買プロセスを自動化する
Halligan氏は上記4つのアドバイスは、B to BあるいはB to Cといった既存のマーケティングの分類にとらわれず、B to H(=Human)という視点で考えれば、より広範に適用できるものであり、このような考え方が今後ますます大切になってくると説明した。
営業担当者へのアドバイス
Halligan氏のアドバイスは、次に営業担当者に向けられる。
営業担当者と顧客の関係もこの10年で大きく変わった。ここでは次の2つの視点を挙げた。
- 顧客は営業担当者とどのように関わるようになったか?
- 顧客はどのようなプロセスを経て購買を決定するようになったか?
一つ目の視点である、顧客と営業担当者との関わり合い方についてだが、3つの変化があったという。まずは営業電話について。2006年頃は、古典的な営業手段である電話が主流であった。しかし2016年のいま、顧客から望まれていない不毛な営業電話を、もはや死に絶えたものとして断じた。次にEメール。氏は、Eメールについては、やがてなくなっていくものとしながらも、今なお有効な顧客との接触手段とした。ただし、文脈(コンテキスト)なきEメールは読まれることはないと、ここでもコンテンツ・マーケティングの重要性を説く。最後にここ10年の大きな変化として、購買と経験のタイミングの変化を挙げた。2006年時点では、まず顧客が購買をした後に商品・サービスを提供するかたちが主であった。しかし2016年のいま、トライアルや無償版など、購買に先んじて経験を提供する形態が主流となりつつある。「常に顧客の役に立とう」という姿勢を打ち出すことがセールスにおいても重要になっていると言える。
次に2つ目の視点である顧客の購買プロセスの変化について続けた。2006年時点では、見込み客が購買を検討する際、その購買プロセス上の早い段階から営業担当者と接触していた。2016年のいまも、顧客にとって営業担当者は重要であることに変わりはないが、見込み客が接触してくるタイミングがプロセスのより後半に移動してきている。つまり相対的に、コンテンツや全体設計を担うマーケティング担当者の役割の重要性が増してきていることになる。これからの時代においてはクロージング力ではなく、顧客を手助けする力が営業担当に求められると結んだ。
以上を踏まえると、営業担当者へのアドバイスは次のようになる
- 文脈に沿った、コンテンツ・マーケティングに適ったEメール以外は配信しない
- テレアポや勧誘電話といった不毛で顧客が望まない営業電話は行わない
- 購買決定以前のタイミングで顧客に価値を提供するように努める
経営者へのアドバイス
Halligan氏が行った調査から驚きの事実が判明したという。カスタマー(商品やサービスの購入者や使用者)とのコミュニケーションが重要になってきているという事実だ。見込み客は購買を検討している際、同業者間のネットワークやソーシャルメディアなどで常に企業(売り手)の商品・サービスや売り手の情報・評判を入手しており、これらが購買の決定要因となりつつあるのだ。2006年頃には営業担当者の力が購買を左右したが、2016年の今においては、第3のチャネルともいうべき「カスタマー」が購買を左右する力を持ちつつあるのだ。
Halligan氏は購買プロセスの変化についての話を、経営者へのアドバイスへと展開した。2016年のいま、ビジネスで成功をおさめるための最重要要素は、第3のチャネルとなった「カスタマーの成功」をいかに実現するかということであり、自社の経営戦略にもカスタマーの成功を重視した方針を取り入れる必要があるとして以下の3つのポイントを挙げた。
- カスタマーの成功を重視したコミッション(販売手数料)プラン
- カスタマーの成功を重視した料金プラン
- カスタマーの成功を重視した収益の反復モデル
まずは自社の営業担当者に対しての「販売手数料プラン」を「カスタマーの成功」と連動させることが重要だという。つまり、売上に連動させるのではなく、顧客が成果をあげていくのに応じて営業担当者にインセンティブを与える仕組みをつくることである。同様に、「料金プラン」も「顧客の成功」と連動させることが大切である。顧客が得る成功や満足度に応じて、企業側に支払う対価が大きくなっていくような料金体系をつくる必要がある。さらに収益を繰り返し得られるようにビジネスモデルを設計することが理想的である。ただしここで企業が気をつけるべきは、顧客が支払う対価よりも大きな価値を顧客に提供し続けることであると説く。
Halligan氏は経営者へのアドバイスとして、以下の3つを挙げる。
- カスタマーを最重要な販売チャネルとして活用すること
- カスタマーの成功と連動する販売手数料プランなど強力な仕組みを整備すること
- カスタマーから搾り取るという発想を捨て、対価以上の価値を提供し続けること
最後にHalligan氏は、事業規模の小さい会社や起業したばかりのスタートアップ企業に激励のメッセージを送り、スピーチを締めくくった。
いま、ソフトウェアによって既存の産業構造が破壊され、インターネットによって既存の購買プロセスが変えられています。この大変な変化がとてつもないスピードで生じる状況は、おそらく大企業にとっては「敵」であるでしょう。一方、中小企業やベンチャー企業にとって、この変化は「友人」であり大きなチャンスとなり得ます。そうするためには、何よりも変化を恐れずに受け入れて将来に対応していくことが不可欠でしょう。
「立ち向かう者への支援」。Halligan氏が鮮明に打ち出しているメッセージはこれに尽きるのではないか。変化し続ける顧客に寄り添い、進化し続ける最新のテクノロジーを最大限に活用すれば、いわゆる「規模の経済」のなかで中小企業やベンチャー企業も十分に戦うことができる。そのためのマーケティング統合プラットフォームとして、HubSpotを進化させ続けることにコミットする。氏の、そのぶれない姿勢が一貫して伝わってくるキーノート・スピーチであった。
氏はスピーチ後半で、全米における総収入上位500社の企業の大半がこの10年で入れ替わったことに触れ、生じている地殻変動の大きさを説明した。それと比較すると、日本の状況はどうだろうか?実はINBOUND2016に先立つこと2か月前、HubSpot 日本支社の開設イベントのスピーチでHalligan氏は、日本では10年前に隆盛を誇っていた企業が今なお強いままであると、変化が生じにくい状況について言及していた。
米国で数多くの中小、ベンチャー企業から厚い支持を集めるHubSpotが日本でもイノベーションが起こせるかに今後、注目が集まる。
※1:インバウンド・マーケティングとコンテンツ・マーケティングの定義の違いは議論の余地があるが、ここではほぼ同義のものとする
※2:キーノートの中で、「見込み客」の意でユーザ、オーディエンス、プロスペクト、リード、カスタマーなど複数の言葉が使われていた。ここでは日本語の文意を考慮して主にマーケティング関係の文脈では「ユーザ」を、営業関係の話では「顧客/見込み客」を使う。
執筆:田所浩之(日本SPセンター)
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