旧約聖書に描かれている「ダビデとゴリアテ」の物語をご存じだろうか?イスラエル軍の行く手を阻んでいた巨人兵・ゴリアテを、ダビデというたった一人の羊飼いが投石器をうまく使って打ち負かしたというものだ。その逸話から、現代では「弱者が強者を打ち負かす」喩えとして使われることが多い。今回紹介するセミナーのスピーカーを務めるGeorge Stenitzer氏は、マーケティングにおける“コンテンツ”こそ、ダビデがゴリアテを倒した“投石器”に値するアイテムだと語る。つまり中小企業が大企業と対等に戦い、勝つチャンスを生み出す力を秘めた武器だというわけだ。
確かに中小企業にとって、予算やブランド力を使ったマーケティング施策で大企業と戦っても、勝ち目は薄いかもしれない。しかしコンテンツマーケティングという土俵では、予算やブランドとは別次元の“力”で勝負することができる――その力こそが“コンテンツ力”である。
“コンテンツ力”の中心に存在するのは、コンテンツストラテジストである。つまり、投石器をコンテンツとするならば、それを使いこなすダビデこそがコンテンツストラテジストなのだ。コンテンツストラテジストは、コンテンツが「いつ、何が、どこで」発信されるのかを統合的に管理し、戦略立案・企画編集・実施運用の全プロセスに深く関わるポジションである。
Stenitzer氏によると、コンテンツの力を最大化しマーケットでの勝ち組になるためにコンテンツストラテジストは、素材を集め(READY)、ターゲットとゴールといった狙いを定め(AIM)、実践し効果を見極める(FIRE)といった行動をとらなくてはならない、という。
では、各々のフェイズにおいて、具体的にどのようなことを実践すればいいのだろうか?セミナーでは、同氏が所属しているTellabs社での取り組みを例に挙げ、実践的なプロセスが共有された。
このTellabs社はBtoBに特化した中規模のネットワークソリューション提供企業だ。大企業を競合としながらマーケットでのシェア拡大を狙っている、まさにダビデのような存在だと言える。
同氏が実践したプロセスとその成果から、中小企業の勝機を最大化するためにコンテンツストラテジストが実行すべきことを学ぼう。
まずは、「何を発信するか」を考えるのではなく、「何が求められているか」を知ることから始めよう。なぜならコンテンツは、企業のためではなく、顧客のためにあるものだからだ。そのためには、顧客との会話を大切にすることが重要だ。顧客が抱える課題・悩み・ニーズをしっかりと聞くことで多くのヒントを得られるはずだ。
次に、自分たちが顧客に提供している「価値」を知ろう。顧客のビジネスモデルをしっかりと理解した上で、自社の製品やサービスがどのように役立っているのかを分析する。売上拡大や経費削減など顧客にとってのメリットだけでなく、顧客の先にいるエンドカスタマーにとっても、どのような体験をもたらしているのかを把握しよう。
これら顧客に関する“インプット”は、営業先やイベントで見込み客が抱える悩みや意見を聞いたり、製品に対する評価を知るためにアンケートやインタビューを行ったりすることで可能になる。そういったプロセスでは、相手の話したいこと、伝えたいことを、「その人の言葉のまま」聞き取るようにしよう。都合よく誘導したり、編集したりしないことが大切だ。また、知り得た顧客の悩みや疑問については、それが扱いづらそうなトピックだったとしても、すべてコンテンツとして取り上げることを、同氏は強く推奨している。なぜなら、すぐに解決策が見つからないような課題や疑問に関するトピックほど、根の深い課題である可能性があり、コンテンツとしてのニーズも高いケースが多いからだ。
“インプット”の次は“アウトプット”だ。このプロセスでは、コンテンツで用いる言葉について考えてみよう。言葉選びには「言語」と「専門用語」という二つの側面がある。ターゲットが複数の国・地域に散らばっている場合は、彼らの属性から母国語を分析し、どの言語で展開するかを見極めることが重要だとしている。それだけでもコンテンツマーケティングの成果において雲泥の差が生まれるという。さらに、専門用語をどのくらいのレベルで使用するかも熟慮すること。例えばIT業界においては、ターゲットの属性によっては専門用語が理解してもらえないケースもあるだろう。場合によっては、他の言葉に言い換えたり、注釈を加えたりといったアレンジが必要となる。
顧客にとって、コンテンツはたくさんあればあるほどいい、というものではない。極論を言えば、自身のニーズに応えられるものであれば、コンテンツがたった一つでも満足なのだ。しかし、現実はコンテンツがあふれかえっている状態。求めているコンテンツにたどり着くのも至難の業だ。そんな状況だからこそ、「『何を届けるか』ということと同時に、『どうやって届けるか』についても、事前に計画しておくことが必要だ」と同氏は主張する。
「何を届けるか」を明確にするためにぜひ実践したいのが、「コンテンツマーケティングプラン」として企画書を作り、戦略を目に見える形に整理することだ。事前に「何のために」「誰に対して」「どんな成果を出すために」コンテンツマーケティングを実行するのかを明確にすることで、AIM(≒ゴール)を誰の目にも明らかな状態にする。それにより、今後制作するコンテンツの質にブレがなくなるだけでなく、制作・運営に関わる全スタッフの意思が統制できるという利点もある。
明確にしておくべき項目は以下5点である。
ここでは特にMission(目指すべき姿)とCall to Action(ユーザーにどんなアクションを起こしてもらうか)について補足しておこう。まずMission(目指すべき姿)だが、これはマーケティングを通して、コンテンツが顧客にとってどういう存在になるべきかを明確にする項目だ。誤解してはいけないのだが、「売上を120%に伸ばす」とか「シェアを拡大する」などのビジネスミッションではない。「顧客の○○を改善する」「○○のノウハウを提供する」など、コンテンツがターゲットに対して果たすべき使命を明示するものとなる。さらに、明文化されたMissionをブレイクダウンしそれを実現するための手段をTo Doリストのように項目化することで、Missionという「最終ゴール」と、それを達成するための「ステップ」が策定できるというわけだ。次にCall to Action(ユーザーにどんなアクションを起こしてもらうか)。これは視点を変えれば「どのようなユーザーの行動をゴールとするのか」と捉えることもできる。たとえば動画やブログ記事への誘導などの「知識の提供」を目的とするケースや、ユーザー情報登録やイベントへの参加申込みなどの「顧客情報の獲得」をゴールとして設定することもありえるだろう。
コンテンツマーケティングプランを整理したら、次はそのコンテンツを「どうやって届けるか」を企画することも、コンテンツストラテジストの役割である。つまり、プランで描いたストーリーから外れることなく、コンテンツを配置・提供する力が求められるのである。
「このコンテンツを、このタイミングで見てほしい」という、単なる企業目線での情報配置はナンセンスだ。常にターゲット目線で考える必要があるということは、コンテンツマーケティングにおいて言うまでもないことだろう。では何から考えていくか――そのヒントは“アテンションスパン”にある。
“アテンションスパン”とは、人が目にしたものを理解するまでにかかる時間のことだ。心理学者によると、人間のもっとも短いアテンションスパンは9秒。つまり、自社の製品やサービスに対する興味がもっとも浅い「通りすがり」レベルのユーザーには、9秒以内に消費できるコンテンツを提供する必要があるというわけだ。製品・サービスを比較検討している段階にあるユーザーなら2分くらいで消費できるコンテンツを提供する、顧客やファンに対しては知的ニーズを十分に満たせるような20分ほどのじっくり読めるコンテンツを用意する――。このような具合に、ユーザーの関心度やコンテクストに合わせて適切なコンテンツを用意しておくことが大切だという。
セミナーでは、コンテンツの消費時間ごとに発信するメッセージを分類し、マインドマップ状に配置することで、一覧化する手法が紹介されていた。この手法では中心部から外側へ向かって、情報の深度を進めていくようなイメージで作成される。つまり、中心部にあるほど購買プロセスの浅いユーザーに向けたものであるため、より短いコンテンツ消費時間で伝えられるシンプルなメッセージとなっている。逆にマップの外側にあるものはより深い情報であり、購買プロセスの最終段階にある人(比較検討段階にある見込み客、顧客、ファンなど)に向けたコンテンツとなる。
まずはマップの中心部に注目だ。ここには、すべての購買プロセスにあるターゲットにもっとも伝えたいメッセージを、もっとも短いフレーズで配置する。(上図においては「今の住まいに本当に満足していますか?」の部分があたる)
次に中心部の外側を縁どるように配置されている2層目のメッセージには、中心部で問いかけた課題に応えるコンテンツのテーマを配置する。
次のステップとして、時間別にバランスよくコンテンツを用意していこう。
マップ化して俯瞰で捉えることにより、適切な長さ・深度のコンテンツが、適切な流れで配置されていることを確認できるとともに、情報の重複やヌケモレを防ぐこともできる。また、戦略で洗い出した各ターゲットに応えられるコンテンツがしっかりと用意されているかどうかも、客観的に判断することができる。
ちなみに、スピーカーが勤めるTellabs社では、コンテンツ消費時間ごとに、メッセージの文字数とアウトプットのカタチを企画書上で分類。マップ上の各コンテンツをどのようにアウトプットするかについても、明確化している。
同氏はコンテンツマーケティングの実践フェーズにおいて、「ユーザーの現状に異議を唱えること」の重要性を説いている。人は「今のままで十分」「問題はない」と思う傾向にあるが、考え方やモノの見方が変わるような情報を提供することで、ニーズを生み出すことができるというのだ。
その手法の一つとして有効なのが、「今後のトレンド予測と解説」だ。業界動向、技術革新、消費者の傾向など様々な側面からコンテンツを作成するという手法だ。実際にTellabs社では、2011年に「今後、通信会社が儲からない業界構造になっていく」という予測を、ホワイトペーパーとして刊行。取引先である多くの通信会社を憤慨させたものの、その中に「このままではいけない」という危機感を感じた企業もあったため、Tellabs社の新たなビジネスにつながったケースも多かったという。「問題提起」が結果としてTellabs社のビジネスチャンスを創出したのだ。
コンテンツマーケティングの効果は、すぐに表れるものではない。Stenitzer氏はコンテンツマーケティングを家庭菜園になぞらえ、「その時の環境によって大きく育つもの、あまり芽の出ないものがあるため、多様な種類のものを用意しておくことが大切。そしてすぐに結果を望むのではなく、中長期的に“育成”していくという視点を持って運用するべきだ」と語る。
まずは、常に何かが“実っている”状態にしておくため、長いスパンで活用できるコンテンツを用意しておこう。How-toコンテンツやリサーチペーパーなどは常にニーズが高いため最適だろう。
そして作物を育てるときと同様に3年後・5年後……と長いスパンで考えた際に。継続的な結果を出してくれるコンテンツをじっくり育てていくこと。目先の結果にとらわれすぎて、すぐに中断してしまうことは避けよう。
とはいえ、効果が出ていないコンテンツにリソースを割き続けるのも考え物だ。効果検証をしっかり行うことで、「ユーザーに届いてはいるが、まだ結果が出ていない」状態なのか、「そもそもユーザーに刺さっていない」状態なのかを見極めること。PDCAサイクルを回しながら、注力すべきもの、注力すべきでないものを定期的に洗い出そう。空いたリソースを活用して、試験的コンテンツの導入にトライしてみることも、コンテンツの魅力をより高め、維持するために必要だと同氏は語った。