Content Marketing World 2013において、筆者が参加したセッションで最も人気があったのがアンドリュー・デイビス氏のセッションだ。朝一のセッションにもかかわらず、立見まで出る盛況ぶりであった。アンドリュー氏は前日のパーティの流れで朝まで飲んでいたらしく、いつも以上のハイテンションで講演を始めた。
テーマは「より少ないコンテンツで、いかに大きな成功を得るか」。情報があふれる中、ただ闇雲にコンテンツを量産すれば良いというわけではない。また小さな企業にとってはコンテンツを量産することにも限界がある。最小の投資で最大限の効果を上げるためにはまず、コンテンツによるブランディングを考える必要があるとアンドリュー氏は主張する。
コンテンツによるブランディングとは、オーディエンスが必要とする情報をコンテンツとして提供し、その結果、独自のポジションを築くことを意味する。ここで重要なのはコンテンツによるブランディングが、ブランデッドコンテンツは違うという点である。情報過多の中で目立つためには、ユーザー視点のコンテンツを配信し、その結果ブランドとなる必要がある。つまり、ブランドは能動的に作るものではなく、コンテンツを通じて顧客の中に受動的に作られるものであるというのがアンドリュー氏の主張だ。この意味で、ブランド視点で作られたブランデッドコンテンツとは大きく異なる。ではコンテンツブランドの例を一つ紹介しよう。
イギリスのサウスシールズに住むローレン・ルークはタクシーの配車係だった。副業としてeBayでの化粧品販売を始め、化粧品の使用例として自分がメイクした写真を公開していた。すると、その化粧方法を教えて欲しいという問い合わせが増えてきたことから、化粧方法の動画を公開したところ大きな反響を得た。そのうちにセレブのようなメイクをしたいという問い合わせが増えてきたため、ブリットニースピアーズなどセレブになりきるためのメイク動画をアップしていった。すると、この動画が人気となり、最終的にはローレン・ルークブランドの化粧品やメイク道具を販売するまでに成長した。
彼女のウェブサイトを見てもらうとわかるが、彼女はいたって普通の女性だ。
動画も特に凝った作りでもない。しかし、セレブメイクのハウツー動画はどれも数百万ビューを記録している。
ロレアルやエスティーローダーといった有名化粧品ブランドの動画でも100万ビューを記録しているものは僅かだ。つまり、有名ブランドがブランデッドコンテンツとして動画を出すよりも、ローレンのように役立つコンテンツを配信した方が、結果的に本物のブランドになるということができる時代なのだ。
さて、ではどうしたらローレンのようになれるのだろう? アンドリュー氏はNBCのToday ShowやCNN等のニュース番組用の映像を制作する会社に勤めた後、セサミストリートで有名なジムヘンソンカンパニーでプロダクションマネージャーとして勤めた。そしてセサミストリートのグッズがamazon.com上だけでも2万5,000点以上あり、これがかなりの利益を生み出していることに気付いた。テレビ番組コンテンツの副産物として関連商品が販売されているわけだが、発想を転換し、関連商品を売るために、セサミストリートが作られたとするとどうだろうと考えた。その時の閃きから生まれたのがサブスクライブという考え方だ。
サブスクライブという言葉には、「同意する」、「定期購読する」、「会員になる」という意味がある。つまり、この言葉には、オーディエンスに事前に許可をとり、情報を送るという考え方が含まれている。アンドリュー氏は、サブスクラブこそが、情報過多な時代に適したオーディエンスとの関わり合い方であるという。意味の曖昧なエンゲージメントという言葉ではなく、「サブスクライブしてもらう」ということを指標にした方がやるべき事が明確になるという。では、アンドリュー氏が見つけた「サブスクライブしてもらう」ために必要な3つの要素を紹介しよう。
例えば、「農業」というビックキーワードではライバルが多すぎて勝ち目はない。「養鶏」としてもまだライバルが多いだろう。だが、「庭で鶏を育てる」というテーマならばどうだろう?ジョージア州で養鶏業を営むアンディー・シュナイダー氏はニッチに目を付けて成功した一人だ。月曜日から木曜日まで毎週4日間、12時から14時間まで、「庭で鶏を育てる」ことに関するラジオ番組をウェブ上で放送した。継続することによりリスナーが増え、その数は2万人に達したという。その頃からトラクターサプライカンパニーというホームセンターの養鶏アドバイザーになり、セミナーを開催したり、ウェブ上でアドバイスをしたりしている
さらに書籍も出すことができた。ニッチから始めることで、着実にコンテンツブランドを構築した成功例である。
サブスクライブしてもらってから関係性を深めるためには、テレビ番組のように毎週楽しみに待っているような期待感を醸成することが必要だ。例えばサンフランシスコにあるウェブ広告会社のSay Mediaが発行しているSay Dailyというニュースサイトには、「金曜日はベン図の日」という見出しがある。
ベン図とは数学の時間に習った、集合や包含関係を円の重なりで示した図だ。実際に購読してみると、ベン図がオーバーラップした、インパクトのある写真が掲載されたマーケティング関連の記事が毎週金曜日の朝に配信されるようになる。購読してみるとわかるが、配信日時が決まっていると、なぜだか待ち遠しくなっている自分がいることに気付く。テレビ番組のように配信日時を設定することが、オーディエンスをつなぎ止めるコツだ。
サブスクライブしてもらうためには、フックも重要だ。コンテンツマーケティングの事例では有名なWine Library TVは、単純にワインを紹介していた当初はあまり人気がなかった。そこで、スポーツニュース風にアレンジしたところ、ワインとスポーツニュースという融合がうまくいき、急激にオーディエンスが増えた。
コンテンツマーケティングではよく言われていることではあるが、オーディエンスに役に立つかどうかをまず考え、その上でエンタメ性も加えられると最高である。注意したいのは、これが逆だと本末転倒であり、話題になるだけで終わってしまうことが多いということだ。
ZMOTに代表される、検索を起点にしたマーケティングは、既にある需要を刈り取ったり、小さな需要の芽を育てたりするのには強いが、需要を創出することは不得意であると言われる。コンテンツマーケティングにおいてもそのような議論がなされたこともあったが、それを解決する手段が、今回アンドリュー氏が主張したコンテンツによるブランディングという手法だ。ローレン・ルークの動画を見るまではセレブ風のメイクをしようとも思わなかったオーディエンスが、セレブ風のメイクをするようになったのは、コンテンツにより需要を創造した成功例だ。役立つコンテンツで関係性を構築すれば、オーディエンスの心に残る真のブランドになることもできる。オプトインの時代には、企業の都合で生活に割り込みブランディングを行うのではなく、ユーザー視点のコンテンツによるブランド構築にチャレンジする時代が来ているのではないかと感じた。