2015年2月4日〜6日、JAGAT主催の『印刷メディアビジネスの総合イベント page2015』が東京は池袋のサンシャインコンベンションセンターにて開催された。同カンファレンスは1988年から始まり、「変わるニーズ。変わるビジネス。」とのテーマが掲げられた今年の開催で28回目となる。
JAGATは印刷会社やメーカー、メディア関連企業などが会員企業となった印刷に関する公益法人。印刷産業のシンクタンクとして、印刷や周辺分野の技術、メディア動向、ビジネス、経営戦略などの調査・研究を広く行っている。
今回、このJAGATが主催するイベント『page2015』にて、初めてコンテンツマーケティングについてのセミナーが開催された。「価値あるコンテンツを生み出すしくみづくり〜弁護士ドットコム、ナタリー、サイボウズ式の事例から〜」と題され、2月5日に開催されたこのセミナーには、株式会社ナターシャより唐木元氏、弁護士ドットコム株式会社より亀松太郎氏、サイボウズ株式会社より大槻幸夫氏が登壇。国内でも注目を集める人気メディアの「中の人」がそれぞれ運用するメディアのポイントを語った。
「中の人」による各メディアについての具体的な解説を前に、それらが括られる「コンテンツマーケティング」の基本的な考え方について、当コンテンツマーケティングラボも運営する株式会社日本SPセンター情報戦略室コンテンツマーケティング推進チームの野口が説明した。
野口はまず、コンテンツマーケティングとは、購買行動を起こさせるための〝関係づくり“である こと、そしてその根底には「出版社のように振る舞おう”Like a Publisher”」 という基本コンセプトがあるということを解説した。この”Like a Publisher”の考え方をうまくを取り込んだ具体的な例としてアメリカバージニア州の住宅向けプール施工会社River Pools and Spas社のWebサイト を例に引きながら、リードをホットプロスペクトへと育成する戦略とサイト構造がうまく連動している点を説明した。
続いて野口は、欧米では今もなおコンテンツマーケティングの考え方が進化を遂げている、と指摘した。世界中のコンテンツマーケターが試行錯誤しながら議論を行い、今も進化を深めている最中でもある。
その最たる例が、2014年1月、アメリカの有名なコンテンツマーケターMark Schaefer氏によって問題提起された、急激に増加するコンテンツ量がコンテンツマーケティングに与える影響について論じた”Content Shock論争” だ。この影響の有無は、彼のBlogのコメント欄はもちろん他のコンテンツマーケターのBlogでも賛否が議論されるだけでなく、コンテンツマーケティングのカンファレンスセッション のテーマにまで波及した。これら議論の特長は、なにか結論を出すためのものとしてあるのではなく、この問題提起が多くのコンテンツマーケターを巻き込んだ「コンテンツマーケティングにおけるコンテンツとは何か」という本質論のアップデートにつながっている点にある。
今回登壇しているような注目を集める人気メディアとコンテンツマーケティングに関連し、野口は「ブランドジャーナリズムとコンテンツマーケティングは切り分けるべきだ」と問題提起するSarah Sherik氏によるの議論を紹介した。
Sarah Sherik氏の主張はこうだ。コンテンツマーケティングの概念は拡張し、今やPublic relationといわれる見込み客となる前の生活者との関係作りや、CRMと括られる購買後の顧客とのコンテンツを介した関係作りも、コンテンツマーケティングと呼ばれるようになった。しかしPRやCRMで求められるコンテンツは、ブランドジャーナリズムと呼ばれる企業ブランドへの共感を創出することに主眼が置かれている。見込み客を購買へと結びつけるコンテンツマーケティングとは切り分けるべきだ、というものである。
「この議論からまた改めてコンテンツのあり方自体がより深く検討されることだろう。しかしどんな議論が起きても本質的にはコンテンツによって、ユーザーの態度変容を促す、というコンセプトから外れることはない」と締めくくった。
次からは、それぞれのメディアを運用する3社による具体的なコンテンツ運用ノウハウを覗いていきたい。
続いて登壇したのは株式会社ナターシャ取締役の唐木元氏だ。
ナターシャが運営する「ナタリー」は、ブランドジャーナリズム寄りのコンテンツマーケティングといえるだろう。ニュースメディアという性質上、最終目的はコンバージョン(購買)ではないが、ナタリーというブランドを広く認知してもらうためにコンテンツを用いる、という手法は「広義の」コンテンツマーケティングの要素を含んでいるからだ。
音楽・コミック・お笑いの3サイトは各専門サイトの間でトップのPV数を誇る。サイト公式Twitterアカウントのフォロワー数も合計で100万人を超える。毎日110本、休日は40本、月に2500本(多くて月2800本)に及ぶ膨大な記事を更新する点が大きな特徴だ。
大量の記事制作・配信が可能な体制を支えるのは57人の社員。唐木氏はその半数以上が記者で「1人1日最低5本」を執筆していると話す。
「現場記者に働きやすいと感じてもらえる環境を整えることが、メディア力を伸ばすベースになっていると経営陣も考えており、彼らのサポートに力を入れている。週ごとに決めたテーマを元に、毎日決まった時間に文章の書き方や取材の方法を指導する講習会(唐木ゼミ)なども開催している」(唐木氏)
KPIは「PVではなくSNSの拡散数」としている点にもナタリーらしさがある。なぜWebメディアにありがちな「PV中心主義」ではないのか。
「PVを重視しすぎてしまうと、テレビの視聴率中心主義と同じで、ゴシップやきわどい記事、もしくは釣り記事のような下世話なコンテンツにPVが集中しやすくなる。弊社は『カルチャーコンテンツの応援団』を標榜しており、そこには与したくない。なるべく良心的なままで影響力を維持したいという意図もある。この背景には3つのサイトポリシー『速い・フラット・ファン目線』も関係しているだろう」(唐木氏)
ナタリーの拡散数に関する驚きのデータ(週刊東洋経済調べ、2013年11月)がある。Twitter上でニュース記事のURLが引用された件数をサイト別にランキング化すると、Yahoo!ニュース、MSN産経ニュース、朝日新聞デジタルに続き、ナタリーは4位。ツイート数は朝日とほぼ同じで36万弱だ。
Yahoo!は別格として、産経や朝日は4〜5億PVあるのに対し、ナタリーは3600万PVしかない。他社と比べると圧倒的に少ないPV数ではあるが、ユーザーから「拡散したくなるネタ元」として捉えられていることがわかる。
そんなネタ元として重宝された記事の一例として、唐木氏が挙げたのはシンガーの坂本美雨さんについての2014年の記事だ。
「坂本さんが結婚を発表したのは19時10分。ナタリーでその情報を記事配信したのは19時15分。19時11分に社員から電話を受けて、記者が執筆し、デスクが校了・公開するまでわずか4分。ここまで早いと、他サイトが出していない情報なので、ユーザーがネタ元として最初に使ってくれて、いわゆる拡散元になる」(唐木氏)
ここまでは取り上げてきたのは報道的スタンスで配信するニュース記事だが、ナタリーの売上の柱は、他メディアと同様に、当然広告記事である。その出稿が堅調に推移している理由としては「ナタリーに掲載されると拡散する」という事実を積み上げてきたことにあると唐木氏は語る。
「これまで、無料のニュースコンテンツで集客しブランド力を高め、もう一方の記事広告でお金を集めるというやり方で成長してきたが、最近ペースが少し落ちてきた。そのため広告単価の大型化を図る一方で、オリジナル商品の物販や、まったく新しい収益源の開発を開始している」(唐木氏)
SNSで話題になりやすいとは、読者に対して誠実にコンテンツを作り続けているからといえる。この良好な関係がナタリーというブランドの認知拡大とブランディングの根幹をなしていることが読み取れた。
続いて登壇したのは「弁護士ドットコム」の編集長を務める亀松氏。ニコニコニュース編集長などを経て、2013年から現職に就いている。
「弁護士ドットコムは『弁護士をもっと身近に』をコンセプトに、2005年に開始した弁護士のマーケティング活動を支援する無料法律相談や法律事務所の検索サービスを提供するサイトだ。現在、7800人を超える弁護士の情報が掲載され、日本の弁護士の5人に1人が登録している計算となる」(亀松氏)
今回は「弁護士ドットコムニュース」に焦点を当て語ってもらった。弁護士ドットコムは見込み客に弁護士を身近に感じてもらい、サービスを利用してもらうことが目的であるのに対し、弁護士ドットコムニュースは、弁護士ドットコムというサイトを身近に感じてもらう、いわば集客が目的であるという。
「単に法律的な知識や『こんな弁護士がいます』と記事にするだけでは弱い。時事的なネタをテーマにして、法律的な視点で掘り下げた記事にするのが、弁護士ドットコムニュースの特徴だ。最近は記者会見の模様を速報的に報道する記事も増やしている」(亀松氏)
Yahoo!の他、gooなどの主要ポータルサイト、mixiなどのソーシャルメディア、スマートニュースやグノシーなどのキュレーションアプリなど、自社サイト内だけではなく、外部配信も積極的に行っている。単に記事を読んでもらうだけでは意味がなく、最終ゴールは弁護士ドットコムを訪れてもらい、サービスを利用してもらうことを目的としているためだ。
ほとんどの外部サイトでは、記事下の関連記事をクリックすると、直接弁護士ドットコムニュースに飛ぶ設計になっている。そのため外部サイトで記事が読まれるほど、結果的に弁護士ドットコムニュース本体への訪問者も増えるのだ。
良質な記事を月間100本以上制作する体制を支えるのは社内の常勤スタッフ8人、大学生アルバイト3人、外部ライター十数人。半数以上が元新聞社や出版社などの記者・編集者だという。
「以前は制作をすべて外注していたが、事業が成長し、知名度が上がり、内製化に踏み切った。その方が安定的にコンテンツを制作できる。ニュースというスピード感が要求されるコンテンツを扱っているので、内部で日々顔を合わせながら進めるほうが効率的にもいい」(亀松氏)
KPIは「訪問者数」で、今年1月時点では480万人/月の結果を残した。最近とくに重要視しているのはSNSでの拡散やYahoo!などの有力なサイトからリンクを貼ってもらい、SEOの効果を上げることだという。
「TwitterやFacebookからの流入数も無視できないが、弁護士ドットコムに関してはまだまだSNS対策は課題。今後はそれらからの流入も増やしていきたい」と締めくくった。
サイボウズ株式会社はグループウェア国内シェアナンバーワンを誇る企業である。そして2012年5月にオウンドメディアとして運営を開始したのが「サイボウズ式」 だ。サイボウズが取り扱うグループウェアは情報共有を行うツールである。だからこそ関連するテーマとして「働き方」を中心に据え、仕事での共同作業に問題意識を抱える人、ビジネス現場の若手リーダー向けの情報を中心に配信している。
登壇した株式会社サイボウズビジネスマーケティング本部コーポレートブランディング部長の大槻氏はコンテンツマーケティングに着手した背景をこう説明する。「弊社はグループウェア市場において、日本国内ではGoogleやMicrosoftをおさえ、ナンバーワンであり続けているが、市場そのものは成熟期で飽和状態にある。企業向けのグループウェア(有料)以外にも、個人向けにサイボウズLive(無料)を提供するなど、市場の裾野を広げる製品性の側面では努力してきた。しかし、それを見込み客に伝えるコミュニケーション手法は開発できておらず、課題として抱えていた」
「あくまでもサイボウズの知名度を上げるためのメディアなので、自社製品とは完全に離れ、今世の中で話題になっているトピック、ネットユーザーが気になるニーズを追いかけている」という。「世の中の話題と絡めて多種多様なテーマで記事を配信し、そこから自社とのつながりを発見していく、といった使い方もできている」と幅広い活用法がされているそうだ。
編集部の体制は、開設当初3人だったが、現在は編集長を含めたメンバー5人に加え、学生インターン数人。自らで企画を作り、取材・インタビューも行う。原稿執筆は外部ライター、写真撮影はカメラマンというように、上手く外部の力も借りている。
KPIはメディアの成長に伴い変化しているという。当初掲げていたのは、3万セッション/月。運営開始から約半年となる11月には31000のセッション数を記録。この成功にはソーシャルメディアの普及が大きく寄与している、と大槻氏は振り返る。
もうじきメディア誕生から丸3年を迎えようとする現在、KPIとなっているのはPV数だ。どのテーマに反響があるか数字を追っているが、ネット上の反応も同じくらい注視している。TwitterやFacebook上の声を検索して、どのようなコメントが寄せられているかは、入念にチェックしているという。
サイボウズ式を運営して見えてきたコンテンツマーケティングの在り方を、大槻氏はこう分析する。「コンテンツマーケティング=発信力と捉えがちだが、発信後のフィードバックこそ重要だと考えている。寄せられるコメントやPV自体がひとつの反応を推し量る指標になる。今どんな話題がネットユーザーにとって面白いのかがわかると、そこから製品のプロモーションにつなげるきっかけにもなる」(大槻氏)
その一例として、大槻氏は2014年3月に公開された対談記事「PTA会長は狂言師!──「イクメン」で「イキメン」な和泉元彌氏が挑む雰囲気のいいチーム運営の秘訣とは?」を挙げた。
当時、サイボウズ副社長・山田氏の子どもが通う小学校のPTA会長に就任していたのが、狂言師の和泉元彌さんだった。山田氏はPTA副会長として和泉さんと交流があったことで、本企画が実現することになったのだ。
記事公開後、あまりに大きな反響が寄せられたため、リサーチを行ったところ、男性がPTA活動に参加し始めているという状況変化が明らかになったという。「PTAがサイボウズLiveを導入し、使っている学校もあった。その後、サイボウズとPTAに親和性があるという記事を出したり、勉強会をしたりするうちに、今まで私たちがまったく意識していなかった領域で、サイボウズのニーズがあることが見えてきた」(大槻氏)
自社の製品・サービス情報をコンテンツ化しなかったことで、これまでタッチポイントを持てなかった見込み客とつながりを持つことができるようになったのだ。