2月25日、国内でのインバウンドマーケティング、コンテンツマーケティングの盛り上がりを象徴するカンファレンスが開催された。
「INBOUND MKTG 2013」。インバウンドマーケティングに特化したエージェンシー「マーケティングエンジン」が主催する、日本初となるインバウンドマーケティング・コンテンツマーケティングに関するカンファレンスだ。
インバウンドマーケティングとコンテンツマーケティングは混同や誤解をされたりすることも少なくないが、本カンファレンスのレポート記事を通じて、それぞれに関する理解を深めていただければと思う。
主催するマーケティングエンジンは、株式会社スケダチと株式会社コムニコによって設立された会社。インバウンドマーケティングの提唱者である米HubSpot社のパートナーとして、インバウンドマーケティングに関する正しい理解の普及と、それを実践したい企業の支援を行なっている。
今回のイベントは、本記事でその内容を紹介する「Opening Note」、「パネルディスカッション」、「Closing Note」の3つのセッションで構成され、企業のマーケティング担当者、クリエイティブディレクターなど、インバウンドマーケティングに様々な専門性と切り口で関わる約20名のスピーカーが登壇した。
まずは、高広伯彦氏(株式会社スケダチ代表取締役/株式会社マーケティングエンジン代表取締役社長CEO/共同創業者)による、Opening Noteの内容をレポートしていく。
高広氏は冒頭、「ようやく日本でも、インバウンドマーケティングについて話すことのできるタイミングがやってきた。インバウンドマーケティングのテクニックもいくつか出てくるかも知れないが、今日は皆さんと一緒にインバウンドマーケティングというムーブメントから起こる、様々な変化について考えられる会にしたいと思う」と、カンファレンスの主旨を宣言。その後、インバウンドマーケティングの意義を語った。
そもそも今回のメインテーマである、「インバウンドマーケティング」という言葉を定着させ、普及させたのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)に通っていた、ブライアン・ハリガン(CEO:最高経営責任者)とダーメッシュ・シャア(CTO:最高技術責任者)の2人。企業のインバウンドマーケティングを支援するソフトウェア「HubSpot」を開発・販売するHubSpot,社の立ち上げメンバーだ。
この2人が通っていたMITがあるマサチューセッツ州最大の都市・ボストンには、インバウンドマーケティングという言葉の生まれるユニークな背景があった。ボストンでは上りの電車をインバウンド、下りの電車をアウトバウンドと呼ぶ。2人は、自分たちが外側へ向かっていくようなアウトバウンドではなく、見込み客から近づいて来てもらうようなインバウンドなマーケティングを志向したのだ。
このように、インバウンドマーケティングの考え方は非常にシンプルだ。そしてまた、施策レベルにまで落とし込んだときに用いられる媒体もシンプルで、一見真新しさはない。例えば、SEOやソーシャルメディア、Eメールなど、インバウンドマーケティングの施策に含まれるものは、すべて過去に誰もが聞いたことがあり、すでに実践されてきたものだからだ。「それゆえに誤解されることもある」という(同氏)。
カクテルパーティーに参加したときのことを考えてみてほしい。ガヤガヤとしたフロアは騒がしく、たくさんの参加者がそれぞれの思い思いに会話を楽しんでいる。これはソーシャルメディアの台頭などを背景に、情報の洪水が起こってしまっている現代の状況と同じだ。
しかし、その喧騒の中で、誰かが自分にとって興味のあることを言ったとする。自分にはまったく関係のないノイズ混じりでも、その言葉はきちんと聞き取れているはず。セレクティブアトラクション(選択的注意)という言葉もあるが、人は自分に興味関心のあることに対しては注意を払う習性がある。
これと似た、たくさんのノイズである情報の中から、自分に関係のある情報だけが選択されるこの時代にマーケターが取り組むべきこと、それがインバウンドマーケティングであり、過去に実践した施策も新しい戦略に乗っ取って再構築されなければならないのだ。
高広氏曰く、戦略を再構築する前に、重要なのはマーケター自身のマインドセットを変えることだという。
消費者の購買行動には今、劇的な変化が起きている。例えば、ソフトウェアの購入を検討する際、昔は店頭で説明を受けて、パッケージを購入、その都度インストールするのが主流だった。一方、最近では30日間のトライアル版を試用したり、機能限定の無料版を使って、気に入ったら有料版にアップグレードするということが多い。こんな購入の仕方は昔はありえなかった。
昔の戦略設計の考え方をオールドエコノミーマインドセットとするなら、「ニューエコノミーマインドセット」とはどのようなものか?そしてどのように移行すればよいのだろうか。
高広氏は、自分たちのマーケティング活動にトライアル版や無料版の考え方を持ち込むことを提案する。
たとえばHubSpot社はマーケティングライブラリー(同社が携わったマーケティング支援の過去実績?)をEbooksで提供している。これは自分たちの考え方をトライアル版として、顧客に提供しているということに他ならない。また同様に、サービス「HubSpot」は30日間のトライアル版も提供している。
マーケティングエンジン社も以前、HubSpotを使ってランディングページを制作したという。以前、コムニコの見込み客は名刺の枚数にすると400枚/月だったが、HubSpotを活用すると1週間で400枚分が集まったという。
「他の企業も、自分たちのことを顧客に知ってもらおうとする行為がもっと必要だ」という(同氏)。
また同氏は、デジタルテクノロジーを活用する際は、テクノロジーそのものではなく、テクノロジーが変えるもの(自分たちの考え方など)にフォーカスすることが重要だと指摘する。
インバウンドマーケティングにおいて重要な位置を占めるのが「コンテンツ」だ。
これまでのように、棚の前で物を買う、カタログを渡して買ってもらう、のように顧客の購買行動を決めつけてはいけない。今ではインターネットでの検索が購買行動への貢献のうち、大きな部分を占めている。これもニューエコノミーマインドセットのひとつ。しかし、インターネットで検索したとしても、その先のコンテンツがなければ見つけられない。コンテンツがなければ、存在しないのと同じなのだ。
インターネット上のコンテンツの重要性について、イギリスの社会学者であるDavid Gauntlett氏は「Making is Connecting=作ることはつながること」、「あなたがインターネット上で書くことはあなた自身を表す」と提唱する。
FacebookやTwitter、ブログで記事を書くことで他の人とのつながりができるし、書かなければ何も始まらない。それを書くことで信頼関係をつくったり、自分自身をマーケターとしてトライアルしてもらうことができる。これからのマーケターは、データを見るだけではなく、自身がパブリッシャーになっていくべきだという。
つまり、変革が求められる新しいマインドセットは、人が集まる場所に行って獲物を狙う従来の”狩猟型”のマーケティング発想ではなく、”農耕型”のマーケティング発想だ。
『The New Rules of Marketing & PR』(邦題では『マーケティングとPRの実践ネット戦略』)の著者 デビッド・マーマン・スコット氏曰く、「buy(広告枠を買う)」「beg(頭を下げて記事に載せてもらう)」「bug(営業マンに売ってもらう)」の時代から「earn(自分たちで努力して得る)」の時代へ変わった、という。
自分たち自身が役に立つ情報を提供していくことによって、種を蒔くようにして顧客を創り出していくことが重要となる。
しかし、ただインターネット上にコンテンツを用意すればよいというものではない。
インバウンドマーケティングに関心を持つ人の間では「自分たちのブランドキーワードでの検索に対する施策の効果が高いが、それ以外のキーワードについては効果が落ちている」という話がよく出る。クリックした先がやたらと長いランディングページになっていたり、広告をクリックしたその先にさらに広告があったりするなど、ユーザーから嫌われるなどの効果的でない設計もその原因の1つだが、コンテンツの「authentic」さにもこだわるべきだ。
authenticとは”本物”、”正統”ということ。”コンテンツの数を増やしていけば、インバウンドマーケティングでしょう?”と言う人もいるがそうではない。役に立たないコンテンツの数を増やしていくだけでは、顧客に対してスパムをまき散らしているようなものでまったく意味がない。
正統かつ嘘のない、正直なコンテンツの提供を心がけ、それらのコンテンツに色々な人々がたどり着けるような状況を、様々なツールを組み合わせて作る。それらのことが出来て初めて「Be Inboundy(インバウンド的である)」という。
Opening Noteでは、本質的なレベルでのインバウンドマーケティングを行なうために、マーケターに求められるマインドセットの変革について語られた。
次回は、Panel discussion “Inbound Content Strategy & Tactics”『インバウンドなコンテンツづくり。ブログ、ソーシャル、SEOの活用と課題』のレポートへと続く。
執筆:池田園子編集:岡徳之(Noriyuki Oka Tokyo)