ますます複雑性を増す外部環境の変化に対応するため、多くの企業から、自社の事業モデルのデジタルシフトにどう取り組むべきかという相談を頂きます。今回は、B2B企業がデジタルシフトに取り組む際に抑えるべきポイントを解説します。
デジタルシフトを一言で表現すると「デジタル技術を用いて、自社のビジネスモデルや組織そのものを変えるための継続的な活動」ということになります。単にデジタル化することと捉えるのではなく、間に「ビジネス」という言葉を補い、デジタル“ビジネス”シフトと解釈すると本質を理解しやすくなると思います。
デジタルシフトの変革の対象はビジネスモデル、つまり自社の売上や利益を生み出す仕組み全体であるべきで、本来の意味は、事業全体を継続して変革する経営の取り組みを指します。
より具体的に理解していただくために、2つの取り組み例を紹介したいと思います。
上記2つの例はともに、デジタル技術を活用した変革への取り組みなのですが、デジタルシフトであるかどうかを判断するために重要なポイントになるのが、「自社のコアビジネスモデルにどれだけ近いか」という視点です。
取り組み例1については、通常、営業活動の成果が、ビジネスの成功に直結するという点で本質的なデジタルシフトと言えます。取り組み例2は、もし単に請求書発行業務をデジタル化しただけならばデジタルシフトとはいえませんが、もし主体者が事業のアウトソーシングを受託する企業であるならば、請求書を発行すること自体がビジネスモデルですので、本質的なデジタルシフトと言えます。
もちろん、デジタルシフトを成功させるためには継続した取り組みが必要になります。詳細は後述しますが、2019年と2020年では、新型コロナウイルスにより、外部環境が激変しました。その変化に対応していくためには、デジタルシフトの取り組みを、場当たり的な1回の試行にとどめず、継続して変革するという姿勢が重要になってきます。
B2B企業においてデジタルシフトが必要とされている背景には大きく以下3つの要因があります。
①情報格差の縮小インターネットの普及により、従来は入手することが難しかったB2B領域の情報を、ユーザーが容易に入手することができるようになりました。その結果、「売り手」企業だけが知っていて、「買い手」企業は知らない情報の格差、いわゆる「情報の非対称性」が小さくなっています。情報武装する「買い手」企業への対応が「売り手」企業に求められています。
②市場全体の変化2020年、新型コロナウイルスの拡大が大きな契機となり、非対面サービスが増加しているのは周知の事実で、今後もこの傾向が続くと考えられます。社外向けの業務、社内向けの業務双方で、より非対面のビジネスを推進する手法が求められます。
③IT技術の革新クラウドサービスの革新や5Gを始めとする通信サービスの進化によって、これまで実現の難易度が高かったITを活用したサービスの構築が、比較的短期間で、しかも高品質に実現できるようになりました。今後も技術革新のスピードが更に加速すると想定されるため、企業の経営層がIT技術を理解して、いかに事業に活用できるかというヴィジョンを持てるか否かが企業の競合優位性につながってきます。
前述の通り、デジタルシフトは「デジタル技術を用いて、自社のビジネスモデルや組織そのものを変えるための継続的な活動」です。具体的に推進するためには「ビジネス」を因数分解していく必要があります。わかりやすいフレームワークとして、今回は「バランススコアカード」の「財務」「業務」「顧客」「教育」という軸で考えてみます。
多くの企業がデジタルシフトの中心的な取り組みとして、マーケティングプラットフォーム(マーケティングオートメーション)の活用を検討します。このテクノロジーは、顧客体験(CX)を改善し、企業と顧客のコミュニケーションを変革するもので、バランススコアカード(※上図参照)の「業務」「顧客」の両領域をカバーします。顧客に提供できる価値と、業務プロセスでのデジタル接点の活用という点で、マーケティングプラットフォームの活用は、デジタルシフトの成功に有効だと言えます。
ここからは、実際に業務でデジタルシフトを実現する取り組みを推進する前に、押さえておくべきポイントを解説します。
B2Bの分野では、2010年以前は、情報が「売り手」側に圧倒的に偏っていたことが多かったのですが、インターネットで情報を容易に入手できる時代になってからは「売り手」と「買い手」が持つ情報の差がなくなりました。言い換えると、「買い手」は既に入手した情報以上の価値を求めるため、顧客体験の基準が高くなったと言えます。このことはB2Bの、営業プロセスに大きな変化を起こしています。
通常、「売り手」企業には、各営業担当者または組織が決めている営業プロセスの「勝ちパターン」があり、その流れに沿って進めていくことが契約を獲得するためには定石とされます。例えば、業務用機器メーカーであれば、「製品紹介」→「ショールームでの製品詳細紹介」→「見積提示」→「価格交渉」→「契約手続」というプロセスが、あるべき商談の流れです。商談の流れが、このプロセス通りでない場合、「売り手」企業の営業担当者は、安心して商談を進めることができません。
一方、「買い手」企業の思想には、「売り手」企業とは別の動きが見られます。「買い手」企業は、最適な選択をするため、商談に臨む前にインターネット上で、ダウンロード資料や動画などの様々な情報を通して対象の製品・サービスを十分に調査してから商談に臨みます。その結果、約60%の「買い手」は商談に臨む前に商品や「売り手」企業のイメージを”自身の尺度で”決めていると言われています。
営業変革のデジタルシフトを推進する際は、この「売り手」と「買い手」の思想のギャップを埋める必要があります。つまり、デジタルシフトによって、営業プロセスそのものを変革し、目指すべき顧客体験を実現する必要があるといえます。
デジタルシフトは本来、ビジネス自体とそれに伴う顧客体験(CX)を変革する会社全体の取り組みにすべきで、専門性が高く部分最適になりがちなITプロジェクトのような特殊プロジェクトにすべきではありません。しかし実際には、私の経験から申し上げると、まさしくIT主導の特殊プロジェクトとしてデジタルシフトに取り組んでいる企業が多いのが現実です。以下、プロジェクト管理の観点から成功する組織と失敗する組織について考えていきます。
デジタルシフトに成功する企業を一言で表現すると、顧客理解(CX)向上の手段として、テクノロジーの導入に取り組む組織です。また、デジタルシフトは、ITソリューションの導入にとどまらず、顧客、業務、教育など多岐にわたる事業戦略の取り組みとなりますので、経営メンバーの参画が必要となり、以下の点が重要となります:
デジタルシフトを、顧客体験の向上とは別モノの「ITプロジェクト」として捉え、情報システム部門に一任する進め方では、プロジェクトは失敗する確率が高くなります。顧客、業務、人材、教育などITソリューション以外も対応範囲になるため、経営層参画の元、全社的な取り組みとすることが理想的と言えます。また、事業のヴィジョンが定義されていない、目指すべきゴールや中間指標が設定されていないプロジェクトは、途中で本来の目標を見失い、プロジェクト自体が形骸化するリスクが高くなります。
最後に、デジタルシフトにおける、新型コロナウイルス拡大前後の違いに触れます。企業を取り巻く顧客や競合などの外部要因は、新型コロナウイルスの影響で一変しました。新型コロナ前に策定した事業計画が全く役に立たなくなった企業も多いと思います。新型コロナがもたらした影響は、どこかのタイミングである程度軽減するでしょう。しかし、地球規模で生じたパンデミックが早期に収束することは非現実的で、多くのB2B領域のユーザーも、デジタルへ依存する顧客体験が常態化する「新常態」に移行することになります。そのような中で、ビジネスのあり方自体が新型コロナ以前に完全に戻ることは考えにくく、新たな顧客体験を提供し得るデジタルシフトへの取り組みが、企業の競争力を左右する大きな要因になることは必然のように思います。
従来のデジタルシフトの取り組みでは、外部環境がある程度安定している前提で、企業がどのようにテクノロジーのリテラシーを身につけ、利活用することができるかという内部要因に焦点が当てられてきました。例えば前述の業務用機器メーカーでは、マーケティングオートメーション(MA)を導入し、展示会で獲得した見込み客をデータベースに格納し、メールで育成シナリオを展開していました。ここでの課題は、MAやCRMなどのデジタルリテラシーの獲得とPDCAです。
一方、新型コロナの影響で、世界経済のマイナス成長、対面での活動制限が前提となった今、デジタルシフトは、企業の成長を推進するため、むしろ、生存のために、待ったなしで取り組むべき喫緊の課題になりました。ある業務用機器メーカーでは、リード獲得源であった展示会の開催が延期・中止され、ヴァーチャルイベントへの出展を検討。アフターフォローも非対面の営業に切り替えることが必要で、顧客とのあらゆる接点が、急激かつ強制的にデジタルシフトしつつあります。
以上、デジタルシフトの基本と、取り組む際に抑えるべきことを、3つの「違い」という切り口で解説しました。デジタルシフトは、デジタル”ビジネス"シフトであり、「デジタル技術を用いて、自社のビジネスモデルや組織そのものを変えるための継続的な活動」であることを理解して、企業戦略の一環として取り組めば、企業成長に貢献する有意義な取り組みとなるはずです。