前回までの作業で、必要なコンテンツテーマや、それを補強するファクトが集まりました。しかしここまでの理詰めの作業だけでは、人を惹きつけるコンテンツにはなりません。ではどうしたらよいのでしょう?
コンテンツマーケティングでは、魅力的なコンテンツを作るためにストーリーの力を利用します。なぜなら、人を購買に導くには論理性だけではなく、情緒に訴えることも必要だからです。ストーリーは人の感情に訴える力があります。またストーリー化すると、同じ情報を数値的、論理的に伝達した場合に比べて、人の記憶に残る可能性が高いというメリットもあります。
ところでストーリーとは一体何でしょう? あまりに一般的な言葉過ぎて、説明するのが難しいのではないでしょうか?ストーリーテリング(話し方)のことを示す人もいるかもしれませんし、童話や小説等の物語のことを思い浮かべる人もいるかもしれません。人によって解釈は異なりますが、そこには共通の何かがありそうです。
このストーリーという曖昧だが多くの人が重要視する考え方について深く探求した1人が、アメリカでプロのストーリーテラーとして活躍するケンダル・ヘイブンです。辞書においてもストーリーの明確な定義がなされていないことに気づき、2007年に出版された「Story Proof」という本の中で、ストーリーという言葉の定義を試みました。ケンダルによるストーリーの定義が下記です。
“A detailed, character-based narration of a character’s struggles to overcome obstacles and reach an important goal.”
登場人物が困難を乗り越えて重要な目的を達成するまでの奮闘を詳細に描いた叙述である。
ストーリーを構成するには、主人公、困難、そしてゴールの3要素が必要なことがわかります。この3つの構造を持った詳細な筋書きは、脳が受け入れやすい構造であり、ストーリーは言語が生まれる前から存在し、10万年以上前から人間の思考の基本を成すものであったとケンダルは述べています。そしてこのことが、ストーリーが記憶に残りやすく、しかも人に伝わりやすい理由です。
皆さんも、昔読んだ新聞や雑誌の記事、レポートなどで思い出せるものは少ないのに、小説や物語については覚えているものが多いのではないでしょうか。それは論理的な文章というものが、多くの人に読まれるようになってから数百年の歴史しかなく、脳にとって非常に新しい情報伝達の形であることが原因です。ただし、物事の仕組みや構造、詳細情報を伝達するには、論理的な説明の方が優れています。情報の受け手側が、論理的な説明を受け入れやすい状態にするために、まずストーリーで相手に下地を作ることができれば、論理的な説明はその力をフルに発揮できることになります。
それではストーリーの力をマーケティングコミュニケーションに活かすにはどうしたらよいのでしょう? コンテンツマーケティングにおいては、脚本のライティング技術をベースにした手法がよく取り上げられます。アメリカの神話学者であるジョセフ・キャンベルが確立した「ヒーローズ・ジャーニー」というストーリーの型が最も有名です。スター・ウォーズやロード・オブ・ザ・リングなども、この「ヒーローズ・ジャーニー」の影響を受けているといわれています。
またピクサー社の「ストーリールール」も有名です。これらの手法は基本的には小説や脚本などの執筆を目的にしていますので、本格的な物語コンテンツを作る場合には非常に役立つのですが、少し要素が多く複雑で、誰もが簡単にマーケティングコミュニケーションに利用できる形ではありません。
そこでお勧めするのが、Protagonist(登場人物)、Complication(困難や未知の出来事)、Resolution(解決)モデルと呼ばれるメソッドです。登場人物がいて、困難や未知の出来事が発生して、それを解決するという3要素が揃えばストーリーが生まれるという手法です。必ずしも3つの要素全てを最終的に表現する必要はありませんが、構成段階で3つの要素を考えることで情報をストーリー化することができます。
ストーリー化のお手本としては、コピーライターであれば誰もが知っている、ジョン・ケープルズの代表作として知られる音楽学校の広告があります。
キャッチコピーはこんな感じで始まります。
They Laughed When I Sat Down At the Piano But When I Started to Play! --
(私がピアノの前に座るとみんなが笑い出しました。しかし私がピアノを弾き始めると!…)
メインビジュアルのキャプションにはこう書かれています。
"Can he really play?" a girl whispered. "Heavens no!" Arthur exclaimed. "He never played a note in his life."
(「彼は本当にピアノが弾けるの?」と女性がささやきました。「弾けるわけないよ。今まで1音だって弾いたことないんだから。」とアーサーが大声で言いました。)
キャッチコピーとキャプションを読むだけで本文を読みたいと引き込まれる感じです。本文を読み進めると、聴衆は彼のピアノに聴き惚れ、いつそんなに上手くなったのか、誰に習ったのかなどを尋ね、短期間で上手くなった秘密が音楽学校の通信教育であることが明かされていきます。この広告をストーリーの3要素に分解してみると以下のようになります。
この例から学ぶべきポイントは、まず未知や困難な状況を提示していることです。単純に解決策を提示するよりも、いったん、困難や未知の出来事をイメージしてもらった後の方が、解決策が輝きを増すからです。これが単純に解決策である、音楽学校の通信教育のメリットだけを訴求していたとしたら、それほど印象に残らなかったことでしょう。
またこの例でもわかるように、困難や未知の出来事をいかに細かく描写するかが、ストーリー化の決め手となります。細かく描写することによって、提供したい情報が記憶に残りやすくなります。また他の人に話したくなる効果も高まります。この力はコピー、ビジュアル、動画等、あらゆる局面で活用できます。また、ロジカルな説明をより効果的にするためのフックとしても活用できます。コンテンツの魅力を高めるためにストーリーの力を利用できないかと考えてみてはいかがでしょう。