こうしたコンテンツに関する悩みは、企業のオウンドメディア担当者に常について回る。そして、担当者がこのような悩みを感じるのは、読者の内面を想像しきれていない場合がほとんどだ。
「読者=見込み客が、現在どういった課題を抱えているのか」「将来的に自社商品の購入を検討するときにはどんな課題に直面するのか」
あたかも読者が自分のすぐそばにいるかのように、「うちの読者は〜」と思い浮かべることができれば、彼らの課題を丁寧に解決するコンテンツを提供すればよい。
見込み客が抱えるであろう課題を、こと細かく理解していることが見て取れる海外企業のコンテンツマーケティング事例がある。アメリカバージニア州の住宅向けプール施工会社River Pools and Spas社のウェブサイトだ。
同社は住宅の庭に設置するプールの設計・デザイン・設置作業を請け負っている。“プール付きの一戸建てマイホーム”というと、日本ではあまり馴染みが無いかもしれないが、アメリカでは決して少なくない。家を建てる場所にもよるが、お金持ちでないと住めないというほど限られてもいないのだ。
一定の規模がある住宅向けプール市場だけに、施工会社も数多く存在する。そんな中、同社のウェブサイトアクセス数は、アメリカにある施工会社の中ではNo.1を誇り、その数はプールメーカーをも抜く規模になっている。それほどの規模となった秘訣はどこにあるのだろうか。
同社がどれほど読者=見込み客のことを理解しているか、それはウェブサイトにおける情報の網羅性が物語っている。
たとえば『Pool 101』というコーナーでは、プールの設置を検討し始めたばかりの見込み客向けの、ロードマップとも呼べるような記事コンテンツが並ぶ。その一部を紹介しよう。
このようにあらゆる角度から、徹底的にプール設置を検討しはじめた顧客の疑問に向き合っている。これらの記事を読めば、漠然と「プールを設置したい」と思っていた顧客も、どんな素材と装置のついたプールを、いくらぐらいの価格で購入したいかを具体的に検討することができるだろう。
顧客が期待値を決めると、次はそれを満たす施工会社を探すことになる。『Why River?』というコーナーでは、なぜ顧客がRiver Pools社を選ぶべきかが語られている。
自画自賛といえなくもないが、第三者からも高い評価を受けていることも含め、その専門性の高さのアピールが、施工業者を探すユーザーにとって「刺さる」コンテンツとして仕立てられている。
発注する施工会社が決まったら、プールのより細かい設計について検討することになる。『Pool Shapes』では、プールの形・縮尺・色が紹介されている。
続いて、細部のデザイン。『Gallery』では、プールサイドの床、フェンス、プールに水を注入するオブジェ、プール内側のタイルなどを選ぶことができる。
『Testimonials』というコーナーでは、過去に施工を依頼した顧客からの評価を動画や感謝のメール(転載)などで伝えている。こうして見込み客は施工を依頼した際の安心感を得ることができるだろう。
さらに、同ウェブサイトでは、より関心を持った顧客に対して、ガイドブックやDVD、見積もり依頼の受付やキャンペーン、顧客の近所で施工したプールを紹介する地図などのリッチなコンテンツを提供している。
また地域の同業者を客観的に評価するようなブログ記事も公開している。客観的な視点からあえて他社を紹介することで、逆に自社の信頼獲得や差別化にもつながるだろう。さらに「商品名+地域名」でのウェブ検索に引っかかるようにするSEOのテクニックとしての機能も期待できる。
そして、そもそもこのウェブサイトの見方が分からない読者には、トップページにあるムービーでその見方を紹介するなど、非常に抜け目がない。
River Pools and Spas社のオーナー Marcus Sheridan氏は今年2月、米The New York Timesの取材に対してこのように答えている。
The problem in my industry, and a lot of industries, is you don’t get a lot of great search results because most businesses don’t want to give answers; they want to talk about their company. So I realized that if I was willing to answer all these questions that people have about fiberglass pools, we might have a chance to pull this out.
私の産業、そして多くの産業においても、企業は見込み客が求める答えを提供することなく、自社に関する情報のみを語りたがるばかりに、見込み客が素晴らしい検索結果を得られていないのが問題だ。そこで気が付いた。もしも私が、見込み客がファイバーグラスプールについて抱いている質問にすべて答えたとするならば、頭一つ抜きん出ることができるかもしれない(一部抜粋、意訳)
企業視点ではなく顧客視点への転換の重要性など、このインタビューに記載されている内容はコンテンツマーケティング的に非常に重要な論点といえるだろう。
加えてここで注目したいのは「見込み客がファイバーグラスプールについて抱いている質問にすべて答えたとするならば、頭一つ抜きん出ることができるかもしれない」というインタビュー部分だ。ここでいう「見込み客」は少しでもプール検討を始めている人々だ。「プール検討について全く考えていない人」を検討見込み客にしていくコンテンツ戦略も考えられるが、River Pools and Spas社はそのような顧客は相手にしていない。
その証拠にWebページのTOPページを見てみよう。
もしもプール検討をさせたい意図があるならば、プールでは子供が泳ぎプールサイドでは夫婦がくつろいでいるような、「家族がプールで楽しく過ごす」いわゆる「情緒的ベネフィット」を全面に押し出すだろう。しかしこの会社の写真からはそのようなメッセージは伝わってこない。つまり情緒ベネフィットは理解済で、さらに一歩踏み込んで機能面に注目している層を「見込み客」と定義しているのだ。そしてこの見込み客に対して、まず抱きやすい疑問の解消を起点に業者選定、仕様検討へと「自社で施工してもらう」ためのステップを踏んでもらうようにコンテンツを設計している。そしてその結果content marketing world2012のキーノートプレゼンテーションでオーナーが語るように「Webサイトを30ページ見た人の8割が購入に至っている」サイトにまで成長させることに成功したのだ。
顧客視点は確かに重要な視点だ。しかしビジネスゴールに貢献するためにどうのように定義するべきか、こここそがコンテンツストラテジストの腕の見せ所といえるだろう。
執筆:岡徳之(Noriyuki Oka Tokyo)