こんなことができるマーケティング手法があったらどうだろうか?
自社が伝えたいメッセージや情報を見込客に発信しても嫌がられない。むしろ感謝される。打ち上げ花火的に実施するキャンペーンと違い、彼らと継続的に関係性を持つこともできる。場合によっては広告を打たずとも、見込客のほうから自社を見つけて問い合わせてくれる。
今回紹介するオウンドメディアという手法を適切に活用することで、上記のような項目を達成できる可能性が出てくる。マス広告のように多額の予算は必要ない。最も求められるのは、専門性や業務への思いをはじめ、自社の独自性をコンテンツ経由で直接的・間接的に伝えること。
企業規模に関係なく実施できるため、資金力やブランド力に欠けていた中小企業こそ取り入れるべき手法でもある。もちろんその特徴が一長一短であることは、他のマーケティング手法と同じであるものの、間口が広い手法であるため、少なくとも自社で実施する余地があるか、検討する価値は大いにあるだろう。
もともと「メディア」には、特定の所有者がいる場合がほとんどだろう。それにもかかわらずわざわざ「オウンド」(所有)と強調されているのは、オウンドメディア普及前の企業によるマーケティング手段は、自社で所有しないメディアが主流だったからにほかならない。マス広告やネット広告をはじめとする、いわゆるペイドメディアと呼ばれる手法だ。ただこうした所有されないメディアには長年課題もあった。
たとえばマス広告を中心とした割り込み型メッセージによって、見込客から拒絶される。またすでにニーズが顕在化している層の刈り取りが中心になりがちなネット広告では、潜在層の育成がおろそかになり焼き畑農業になってしまう、といった具合だ。「最近広告の効果が目に見えて減ってきた」といったマーケティング担当者の嘆きの原因は、こうした点にあったのだろう。
だからこそペイドメディアの弱点を補完し得る手法としてオウンドメディアが登場したとき、待っていましたとばかりにもてはやされたのだ。オウンドメディアのメリットを挙げるとすれば、見込客の属性や情報ニーズに応じてきめ細かくコンテンツを届けられる、より適切なタイミングで接触できるため一方的に割り込まずに済む、従来の広告手法だけでは難しかったニーズ潜在層の育成や関係構築もできるといった点があるだろう。このメリットは、ペイドメディアやアーンドメディアなど、他のメディア形態と比べるとより分かりやすいだろう。
オウンドメディアはどう活用できるのか?具体的にみていこう。
ネットか紙かを問わず、企業が所有するメディアであればオウンドメディアと定義づけられるものの、現状はブログメディアとしての運営が一般的だ。企業がブログメディアを作るだけなら10年以上前からできたはずだが、なぜ2010年以降になって話題になり始めたのか?
原因はネットコンテンツを取り巻く環境の変化にありそうだ。一つは2011年にGoogleが実施した検索アルゴリズムのアップデート。これによって検索上位表示に求められる要件が、単なるキーワード重視からコンテンツの中身重視へとシフトチェンジした。検索者の疑問を解決するコンテンツさえ用意すれば、見込客と接触できる環境が整ってきたのだ。もう一つはFacebookやTwitterをはじめとするSNSの普及。SNSを介することで、見込客と関係性を作ることや、自社の庭であるオウンドメディアに呼び込むことができるようになった。
もちろんオウンドメディアの運営と、検索向けやSNS向けコンテンツの作成はイコールではない。しかしこうした経緯があるため、少なくとも現時点でのオウンドメディア運営にあたっては、この2種類を使いこなすことは非常に重要になる。それぞれで接触できる人たちの特性も違えば、求められるコンテンツも異なる。自社のゴールや見込客のニーズなどを見極めた上で選択したいところだ。それぞれについて、事例と共に説明していこう。
検索向けコンテンツの対象は、すでに何らかの疑問が発生し、情報を能動的に探している検索者だ。当然ながら求められるコンテンツは、その疑問を解消するものになる。この検索者たちは、購買や問い合わせ、資料請求など、自社が狙うゴールへ比較的導きやすい傾向にあるといえる。検索しているということは、すでに購買を含む何らかの検討を始めているということだからだ。そのため、もし自社の見込客の中で、積極的に検索して情報収集する人が多いようであれば、施策を実施する価値は高いと言えるだろう。一つ事例を紹介しよう。
アメリカに、River Pools and Spas社という一般家庭向けのプール施工会社がある。消費者が自宅にプールを設置しようとした場合、数多くの疑問がわくことは想像に難くない。「費用はいくらかかるのか?」「材質はどれにすべきか?」「工期はどれくらいなのか?」といった具合だ。日々顧客と対面で話す中でこうしたニーズを熟知していた同社は、疑問に答えるブログ記事を発信し始める。その結果、同社のブログには数多くの見込客が訪れるようになった。プール施工関連の検索キーワードの多くで、同社のコンテンツが上位を占めるようになったからだ。見込客からすれば、「プール施工関連のキーワードで検索すると、やたらこの会社が出てくるな」といった状態だろう。自社の知見によって見込客の疑問を解消するコンテンツを作る。それによって検索経由で見込客と接触し、信頼を勝ち取った上で売り上げにつなげる、というオウンドメディアの好例だ。
しかし残念ながら、全ての場合でこの流れをマネできるわけではない。ジャンルによっては、検索上位を狙うコンテンツの競争が激しい場合もあるだろう。また自社の見込客がそもそも検索という形で情報を収集していないこともあり得る。そうした場合、積極的に情報収集する検索者のようなニーズ顕在層ではなく、その前段階にいる潜在層に働きかけるやり方もある。その時に必要になる手段の一つがSNSだ。特定のターゲットを念頭にしつつ、SNSで広まりやすいコンテンツを作ることにやって、潜在見込客のタイムラインに表示させたり、いいねやフォローといった形でつながったりする。こうして、将来顧客になり得る潜在層を自社の庭であるオウンドメディアに呼び込むわけだ。
一例を挙げよう。転職サービス「DODA」などを手がけるインテリジェンスは、「"未来を変える"プロジェクト」というオウンドメディアを運営している。20~30代の転職潜在層を対象に、DODAの認知を広める目的だ。将来的にDODAを利用してくれる可能性のある転職潜在層の特徴として、ビジネススクールに通うなど、キャリア形成への関心が高いビジネスパーソンを想定したという。こうした人たちは、まだ検討行動を始めていないだけに、検索向けコンテンツでは接触しづらい。そこでFacebookを中心としたSNSで拡散されやすいコンテンツを作成した。「21世紀の出世論」や「マインドフルネスと仕事の成果」など、キャリア形成への意識が高い人たちの心に訴えかける面白いテーマばかりで、膨大な数のいいねやシェアを獲得している人気メディアだ。
主なコンテンツの一例として、検索向けとSNS向けコンテンツの2つを紹介してきた。ただこれらは非常に重要であるものの、あくまで集客や関係性を持続させるための手段だ。そこから見込客がさらに検討を進められないと、企業側のゴールにつながらないことも多い。家電や住宅、BtoB製品など、購買までの検討期間が長い商材ほどこの傾向が顕著だ。その場合自社のオウンドメディアに呼び込んだ後にも、ニーズに応じた適切なコンテンツを出していく必要がある。たとえば商材訴求のランディングページへ誘導することで、割とすぐにコンバージョンしてもらえる場合もあれば、ホワイトペーパーなどのダウンロード資料によって見込客のメールアドレスを獲得した上で、メルマガ配信で検討熟度を徐々に上げていくやり方もある。ポイントは、「適切な人」に「適切なタイミング」で「適切な情報」を届けることだ。それができないと、「自分に関係ない」「タイミングが唐突」「面白くない、分かりづらい」といったネガテイブな反応を引き起こしてしまうだろう。
「メディア企業でもないのにコンテンツを作るのは、ハードルが高そうだ」と感じた方もいるかもしれない。しかしオウンドメディアに求められる要件は、どちらかというと小手先の企画力や編集力というより(それも大事だが)、その会社らしさや専門性を自社なりのやり方で伝えることだ。それがなければたとえ面白いコンテンツを作れたとしても、作り手の会社や商品にまで興味を広げてもらうことは難しい。一つ例を挙げよう。
習い事サービス「サイタ」を手掛けるコーチ・ユナイテッドは、採用目的のオウンドメディア「サイタ開発者ブログ」を運営している。同メディアを立ち上げるにあたり、担当者は複数の人気ブログを参考にしつつ、コンテンツの方向性を検討したという。しかしどれも書き手の影響力や高い編集力あっての面白さだと判断したため、同じ路線をあきらめた。代わりに行き着いたのが、自社サービスを開発するにあたって直面した技術やマーケティング、組織運営などに関する課題を赤裸々に明かすコンテンツだ。「こんなに内部情報を出して良いの?」と読者が感じるくらい生々しいため、引きの強い内容になっている。社員数が約20人と小規模な組織だからこそ、公開に踏み切れるというわけだ。このメディアのうまい点は、自社の具体的な事情を例にしつつも、伝えるノウハウ自体は一般的に参考になるものであるため、読者の間口が広いという点。さらに自社事例を通じて、業務内容や社内の雰囲気が求職者に伝わるという点だ。
サイタ開発者ブログの例から言えることは、魅力的なオウンドメディアを作るために、メディアのプロや大企業である必要はないということだ。先に触れた「その会社らしさや専門性を自分の言葉で伝える」ことは、オウンドメディアという手段があれば企業規模に関係なくできる。むしろ小さな組織のほうが柔軟に動きやすいため、コーチ・ユナイテッドのように踏み切ったコンテンツを作りやすい。また検索結果の上位を狙うにしろ、SNSでのシェアを狙うにしろ、問われるのは企業の知名度などよりもコンテンツの内容そのものだ。そういう意味では、インターネット上のコンテンツ環境は非常に民主的と言えるだろう。何かしらの独自性を持ちつつも、各種リソースの問題でそれを伝えきれなかったような中小企業こそ、オウンドメディアによる効果をより実感しやすいと言えそうだ。ただもちろん万能の手段ではない。「見込客による検討を促進するために、そもそもコンテンツは必要か?」「メディア運営に手間暇をかけられるか?」といった冷静な視点も含めて、実施の必要性を判断したいところだ。
この記事は、「100万社のマーケティング」(2017年6月号)に掲載された記事を編集したものです。