2017年3月28日から30日にかけて、米国ラスベガスにおいてインテリジェントコンテンツカンファレンスが開催された。今回で第9回目となるこのイベントに世界20カ国から400人以上が集まった。印象深かった講演をいくつかピックアップして紹介する。
最初に登壇したのは、コンテンツマーケティングインスティチュート(CMI)の創設者Joe Pulizzi氏だ。Joe氏はインテリジェントコンテンツカンファレンスを買収した経緯について簡単に振り返った。
2011年にコンテンツマーケティングワールドを開催し、コンテンツマーケティングが盛り上がりを見せる中、Joe氏はいくつかの不安を感じたという。それは、コンテンツマーケティングアウォードに応募される作品の中に、キャンペーン型、コンテンツをただ数多く乱発する施策が数多く見られたことだ。これらはもちろん正しい意味でのコンテンツマーケティングではない。
コンテンツファーストの考え方が不足している。多くの企業がコンテンツを数多く作り出すことばかりに注力しているが、真のコンテンツマーケティングは、少ないコンテンツで最大の効果を実現することができるものであるべきだと考え、コンテンツファーストの考えを古くから実践しているインテリジェントコンテンツカンファレンスに目をつけた。これが2014年にこのイベントを買収した理由だ。
Joe氏は2年毎に新しい本を出すことを自らに課しているのだが、今年の秋に「Killing Marketing(筆者訳:従来のマーケティングをリセットする。)」という本を出版することを発表した。コストセンターであるマーケティング部門をいかにしてプロフィットセンターに変えるのかがテーマだという。
最初のキーノートピーカーとして登壇したのは、コンテンツマーケティングインスティチュートのチーフコンテンツアドバイザーを勤めるRobert Rose氏だ。同氏は、デジタル、AI、マシーンラーニングの時代において、マーケターがどう変わらなければならないかについて語った。
Rose氏は「船の沈没も発明だ。」というフランスの思想家ポール・ヴィリリオの言葉を引用した。人間は船を発明したが同時に船の沈没も発明したということだ。テクノロジーの進化には、今までにない未知のトラブルもセットで付いてくるということを理解し、それに備えておく必要があると続けた。
ではマーケティングにおけるデジタルテクノロジーの進化と共に生まれた未知のトラブルとは何か?それは例えば、写真に写った人物の瞳に犯人が映り込んでいて、デジタル加工で顔が鮮明に浮かび上がり捕まったという事件などが挙げられる。これは犯人にとって未知のトラブルであって、それ以外の人にはトラブルではないが、こういった予想外の出来事に備えておくことが求められるとRobert氏は語った。
もちろん恐れているだけではデジタルテクノロジーの恩恵を受けることはできない。では何をすべきか?それは、これから求められるコンテンツとは何かを追求することだ。結局のところ、今までのデジタル化とは、TVや紙媒体やリアル店舗で行っていたことをデジタルで焼き直しただけにすぎない。しかも焼き直すことに夢中になりすぎたために、肝心のコンテンツ開発を軽視してきた側面もある。デジタルだからこそ実現する、新しいユーザー体験を提供するコンテンツがまだないのではないかとRobert氏は主張する。
では新しいユーザー体験のためにどんな視点が必要となるのか?それはエモーショナルデータの活用にあるという。エモーショナルデータを理解するためには、まず「集めたデータ」と「集まったデータ」との違いを理解する必要がある。例えばCMIが、どの記事が良いかを確かめるためにアンケートを行ったところ、実際に読まれた結果とは大きく異なったという。聞かれた時の答えと、実際の行動が違うというのはよくあることだ。言い換えると、集めたデータはノイズも多く真実に迫れないこともあるが、実際の行動データはそうではないということだ。後者が実際の感情と行動が一致したエモーショナルデータであり、このデータを蓄積し、これを活用していくことが、これから求められるコンテンツ開発につながるのだとRobert氏は強調した。
意味あるエモーショナルなデータから、新しいユーザー体験を実現するためのコンテンツを開発し、デジタルテクノロジーによってスケールする。このためには、ドラッカーが定義した「ナレッジワーカー」を超えて「ウィズダムワーカー」になる必要があるとロバート氏は語る。「ウィズダム」とは、正しく判断する能力であり、最適な一連の行動に結びつける能力のことだ。そこに至るには、もちろん失敗をいくつも経験するだろうが、一緒に「船の沈没」を発明するつもりでこれからのコンテンツを開発していこうではないかと締めくくった。
データサイエンティストとコンテンツマーケティングはどう関係するのか?LinkedInでコンテンツマーケティングエバンジェリストを務めるKatrina Neal氏は、彼女自身はデータサイエンティストではないが、その関わり合い方については詳しいと話しを始めた。
データサイエンティストが加わることによってマーケティングは「I think」から「I know」に変わるという。それは、「このキャンペーンは多分成功すると思います」と感と経験で答えることから「このキャンペーンで、これくらいの成果が出るとわかっています」と答えられるようになることだという。
この変化はマーケターにとって重要だ。ある調査によるとマーケターの66%が自分の仕事に自信を持っているのだが、80%のCEOはマーケターを信用していないという結果が出ているからだ。マーケターは信頼を獲得する必要がある。そのためには、自社商品・サービスの顧客を増やす施策を実施し、その成果を計測可能なデータで説明する必要がある。つまりマーケティングROIを明確に説明できるようになれることを意味する。
そのための力となるのがデータサイエンティストだ。データサイエンティストの職能を分解すると様々な要素があるが、マーケターとして知っておくべき事は、現状分析、予測分析、規範的未来分析が可能になるということだ。現状分析とは、コンバージョンレートやレスポンスレートなどによる現状把握であり、予測分析とは、ナビゲーションシステムのように今後進むべき道や時間を示す分析だ。規範的未来分析とは、前もって定められたルールに基づいて学習し、未来を予測する分析を意味する。例えばIBMのワトソンのような人工知能による分析もこれに含まれる。
こういった分析技術を持ったデータサイエンティストの力を借りることができれば、予測可能なマーケティングが可能になるのだが、それを支えるのがビッグデータ収集、分析、行動決定という3要素になる。この要素を満たしたツールは多々あるが、例えばLattice社の予測型リードスコアリング機能を使えば、従来のルールベースのリードスコアリングよりもROIが劇的に向上するという。
クリエイティブの領域でもデータサイエンティストの力は頼りになる。例えばネットフリックスの人気ドラマシリーズであるハウスオブカードのアメリカ版は、ネットフリックスの視聴者が、デヴィッド・フィンチャー監督の作品、ケヴィン・スペイシーが出演している映画、元ネタとなったイギリス版ハウスオブカードをよく見ていたというデータ解析から生まれ、その予測通りヒットしたという。ここまで大がかりではなくても、A/Bテストを活用することにより日々のクリエイティブを改善していくことができる。
アトリビューションモデルの構築にもデータサイエンティストは頼もしい存在となる。エンゲージメントと利益の関係性については、まだ誰も説明に成功していないが、その因果関係がわかるようになるかもしれない。データサイエンティストの力をうまく活用することができれば、こういった感と経験と度胸に頼ってきた様々なことが明確に説明できるようになる。マーケターとしてはこのような可能性を理解し、データサイエンティストとの実験をリードしていく心構えが重要になると話を終えた。
コンテンツ制作を自動化できるかどうか?それが今の私のテーマだとインバウンドマーケティングエージェンシーPR20/20のCEOであるPaul Roetzer氏は語る。最初に取り組んだのは、NLG(自然言語生成技術)を利用してGoogle アナリティクスのレポートを自動化することだった。試行錯誤はしたが、最終的には約8割も時間を削減することができたという。
考えてみれば、マーケターの仕事は多くのライティングで成り立っている。SNS、ブログ、メール、レポートと文字を書く作業が多くの時間を占めている。この時間を削減することができれば、マーケターの能力はどこまで拡張できるのだろうとワクワクし、AIによるコンテンツ作成の研究に本格的に取り組み始めたという。
Paul氏はマーケティングオートメーションを例に説明を続けた。現在のマーケティングオートメーションでは、例えばeブックをダウンロードしたユーザーにはステップメールを送るという作業をあらかじめ設定しておかなければならない。しかし例えば5つのペルソナが、それぞれ別のチャネルからアクセスし、結果的にeブックが1万回ダウンロードされたとする。この際にチャネル別、ペルソナ別にパーソナライズしたメールを送信したいとなると、その全てのパターンをあらかじめ設定するということは人間には難しくなってくる。そういう意味では、現在のマーケティングオートメーションは、ほとんどの部分が手動という皮肉な結果となっている。
しかしAIがマーケティングオートメーションに組み込まれていくと、データからインサイトを導き出したり、取るべきアクションを示唆したり、コンテンツを作成するということが可能になっていく。
結局のところ、人間がデータを処理する能力、複数の戦略を立案する能力、数多くのコンテンツを作る能力は有限だが、これらに対してAIは無限の能力を発揮できるということを理解することが、AIを利用するために知っておくべきことだ。コンテンツマーケティングはほとんどが人力で行われている現状からみれば、AIで改善できることが多いともいえる。
そんな未来が本当に来るのだろうか?意外に早いのではないかとPaul氏はいくつかの例を示した。ウォールストリートにおける株取引の約6割はコンピューターによって自動的に取引されている。UPSは6の後に198個の0が続く桁数の組み合わせから最適なルートをAIで導き出している。ネットフリックスは視聴者の視聴動向をAIで分析して、お勧めのコンテンツを提案している。Epagogix社は映画の脚本を分析することにより、どれくらいの興行収益をあげることができるかを予測し、より収益を上げるためにストーリーやキャラクターについてアドバイスをする。アマゾンのAlexaは音声指示によって様々なことができるだけでなく、日々学習して賢くなっていく等々、様々な分野でAIは現実のものとなりつつある。
マーケティングにおいてもその動きは始まっている、SalesforceはSalesforce EinsteinというAIサービスを始めている。FacebookはFacebook AI Researchという研究機関を立ち上げている。もちろんIBMのワトソンも忘れてはいけない。下着メーカーのCosabellaはデジタルエージェンシーをAIプラットフォームに替えてしまったという。
AIは着実に進化しているのだがもちろん注意点もある。まずマーケティングにおけるAIはまだ未熟な段階にあるということだ。またAIを活用するためにはソースとなるデータを蓄積しないといけない。蓄積したデータから学び、次の施策を考えるという仕組み上、短期視点で見てはいけない。さらにAI導入にはコストがかかるし、使いこなせる人材も不足している。しかしAIはマーケティングを大きく変えるものであり、取り組むべき価値のあるものだとPaul氏は強調した。
以上、筆者が気になったトピックをピックアップしたが、マーケティングにもAIが活用される時代が着実に近づいていると感じた。しかし同時に、AIを最大限に活用するためにはデータやコンテンツを構造化しておく必要制も感じた。コンテンツストラテジーという概念が日本で語られることは少ないが、AI時代の到来により、ますます重要になってくると思われる。