Joeの講演テーマはマーケティング2030。しかし語られた内容は、コンテンツマーケティングの現状と、その打開策といった方が適しているのではと感じた。アメリカにおいて、コンテンツマーケティングがうまくいっていない、あるいは、より正確にいうならば、コンテンツマーケティングの基本原則を理解していない企業が中途半端に実践して、失敗しているケースが多いことに対しての警鐘と、その処方箋となる7つの法則を提示する内容であった。では早速その7つの法則について紹介していこう。
コンテンツマーケティングがうまくいかない一番の理由は、社内を十分説得できていないことにあるとJoeは自身の経験を踏まえて話し始めた。
Joeが独立する前に勤めていたPenton Mediaは、2002年頃、業績が伸び悩み上場廃止の危機に貧していた。状況を打開するために、新しい上司の下、B to B向けの「カスタムパブリッシング」に力を入れ始めたという。
2002年頃には、まだ「コンテンツマーケティング」という言葉がなかったため「カスタムパブリッシング」と呼ばれていたが、これは現在のコンテンツマーケティングとほぼ同義だ。
「カスタムパブリッシング」については上層部も理解していたため、ビジネスとしてうまくいったという。Joeが辞めた後に、Penton MediaはイギリスのInformaに買収されるわけだが、Informaのウェブサイトには、今もメインサービスとしてコンテンツマーケティングが掲げられている。
逆に失敗した例として、寝具販売会社のCasperのウェブサイトVan Winkle’s(眠ってばかりいる人の)が挙げられた。Van Winkle’sはCasperのECサイトとは独立したウェブサイトで、眠りに関する情報が掲載されていた。非常に読み応えのあるウェブサイトであったが、上層部の判断で閉鎖されてしまった。予算を確保し、内部の理解を得ることができなかったことが原因ではないかとJoeはいう。コンテンツマーケティングを成功させる第一歩は、内部の説得なのである。
2つ目の法則の例として、JoeはTastyの例を挙げた。TastyはBuzzFeedが運営するレシピサイトだが、アメリカではECサイトもあり、自社開発の調理器具、調理用品、アイスクリーム、調味料、おもちゃなどを販売している。
またコンテンツマーケティングの成功例でよく取り上げられるクリーブランドクリニックは、医療機関でありながら、自社のウェブサイトでのウェブ広告、スポンサードコンテンツの提供、外部へのコンテンツ販売等、複数の収益源を持っている。
もちろん、コアとなる読者数が増えた後に実施すべきであることが大前提ではあるが、自社のマーケティングゴールを達成する傍ら、サブの収益源を確保することも考えながらコンテンツマーケティングを運用していくことが成功への道を堅固にするという。うまくいっている企業は少なくとも5つ以上の収益源を確保できているという。
次にJoeは、多くの人が知っていると思うがスタートアップ企業の約9割は失敗に終わると続けた。ここまで高い失敗率ではないが、残念ながらコンテンツマーケティングも経験無しでゼロから始めようとすると失敗することが多いという。
しかし、成功率を飛躍的に高める方法があるという。それは既にあるメディアを買収することだ。例えば、イギリスのPCメーカーRaspberry Piは、雑誌「Custom PC」や 「Digital SLR Photography」を買収した。
またこれもコンテンツマーケティングの成功事例でよく取り上げられるが、半導体や電子部品を扱うArrow Electronicsは、多くの半導体・電子部品関連メディアの買収を繰り返し、今や50以上のメディアを傘下に収めている。こうして自社の見込客であるエンジニアが情報を収集する際に、高い確率でArrow Electronicsによるメディアと接触する環境を作り上げたわけだ。
良質な記事を配信しているのに、経営的にうまくいっていないメディアが数多くある。もちろん注意点は多くあるが、ゼロから始めるよりも、メディアを買収することも選択肢の一つとして加えるべきだとJoeは強調する。
Joeは、アメリカで人気の司会者、ライアン・シークレストを取り上げた。今や朝のトークショーから、ラジオ番組、そして人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」と朝から晩まで彼を見ない日はない。でも普通は、彼のようにオールマイティーにできるわけがない。
コンテンツマーケティングにおけるライアン・シークレストになろうと頑張り、ブログ、ポッドキャスト、SNSといきなり手広く始めて失敗するよりも、まずは、何か一つの施策に注力することが重要だ。
Joeが創設したコンテンツマーケティング・インスティチュートもそうであるが、最初はブログから始め、それが成功したのちにイベントや雑誌、教育サービスと徐々に広げていったという。
Joeは、今年のコンテンツマーケティングアワードの審査をしていて気づいたことがあるという。それはキャンペーン型の施策が多く応募されていたことだ。これはコンテンツマーケティングの本質が理解されていないと感じたという。
コンテンツマーケティングの基本は、顧客との永続的な関係性を構築することだ。例えるならばAmazonのように、見たいと思ったコンテンツが常にそこにある状態を作ることだという。こういった顧客との関係性は一過性のキャンペーンでは構築できない。そのことを理解することが重要だとJoeは強調した。
大切な資産がある日突然失われてしまうことがある。Joeは、2013年に起こったキプロス危機を例に説明を始めた。キプロスでは、ギリシャ危機の影響で経営破綻に追い込まれた銀行の破綻処理を捻出するために、なんと預金者にもその負担が課せられたのだ。預金者は約47.5%の預金を失ったとも言われている。
視点を変えると、SNS等の第三者が運営するプラットフォームに依存することも、これに似ている点があるという。第三者のプラットフォームに頼るということは、大切な読者を他社に預けているということになるからだ。プラットフォーマーがいつ方針を変えて、情報を提供しなくなるかは誰にもわからない。
Facebookにおけるブランドへのオーガニックリーチはどんどん低下しているし、フェイクニュース、データ漏洩などの問題にもさらされている。これらの危機から今後どんなポリシー変更が発生するかわからないが、読者と直接つながる手段を今のうちに持つべきだとJoeは力説する。
その際に見直されるべきなのがEメールだ。ニューヨークタイムズやBuzzFeedが成功している要因の一つは、Eメールで読者と直接つながっていることにある。Eメール以外にもつながる手段はいろいろあるが、こういったダイレクトな関係性を構築しておけば、SNS危機がもし発生したとしても恐れることはない。
最後の法則として、言いなりになってはダメだとJoeは強調する。「もう少し商品のことについて言及してくれないかな?」、「そのポッドキャストのアイデアいいね、どうせなら動画も一緒に作って公開しない?」など、コンテンツマーケターは常にコンテンツマーケティングを失敗させかねない様々な圧力を受けている。しかし、ダメなことには「No」という勇気も必用だ。コンテンツマーケティング戦略立案者がぶれずに信念を持ってやり抜くこと、それが重要だとJoeは話を締めくくった。
今回で9回目の開催となったコンテンツマーケティングワールド。いくつか受講したセッションから判断すると、これまでと比較して、目新しいトピックは少なくなってきたように感じた。コンテンツマーケティングというマーケティング手法が普及し、誰もがコンテンツマーケティングを実践するようになった悪い側面として、なんちゃってコンテンツマーケティングが多く出現しているようである。それを正しい方向に導き直すという意味で意義あるカンファレンスであったと思う。
さて、日本の状況はアメリカとは大きく異なり、まだまだ未熟な段階であると思う。当ラボでは、コンテンツマーケティングを正しく実践するためにも、同様のカンファレンスが日本でも必用と考え、その試みとしてContent Marketing Dayというイベントを昨年開催した。今年は規模を拡大して11月28日に開催する予定である。興味のある方には、是非参加していただきたい。